神光院きゅうり封じ2017/7/21・25

神光院

きゅうり封じ2017は京都の夏の風物詩です。きゅうり封じは毎年7月21日と土用の丑の日に行われています。きゅうり封じでは病名を書いた紙にきゅうりを包んで紅白の水引で結び、家に持ち帰って体の悪い部分をなで、庭などに埋めると病気を封じ込めるご利益があるとも言われています。(詳細下記参照)

【きゅうり封じ2017 日程時間(要確認)】
きゅうり封じ2017は2017年(平成29年)7月21日(金曜日)・25日(火曜日)8:00~16:30まで行われます。

【きゅうり封じ2017・神光院 アクセス・地図(要確認)】
場所・・・京都府京都市北区西賀茂神光院町120
最寄り駅・バス停・・・神光院前(徒歩約3分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは9系統(B1乗り場)
*四条河原町からは37系統
*河原町丸太町からは37系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【きゅうり封じ 歴史・簡単概要】
神光院きゅうり封じ(きゅうりふうじ)・きゅうり加持は真言宗の開祖である弘法大師・空海がきゅうり(きうり)の中に病を封じ込め、病魔退散を祈願したことに由来します。なおきゅうり封じは江戸時代から毎年土用の丑の日に行われてきたが、明治時代に一時途絶え、1945年(昭和20年)頃から再び行われるようになったそうです。
きゅうり封じではきゅうりによる疫病除けの祈祷が行われます。きゅうり封じでは病名を書いた紙にきゅうりを包んで紅白の水引で結び、家に持ち帰って体の悪い部分をなで、庭などに埋めると病気を封じ込めるご利益があるとも言われています。なおきゅうりは境内にあるきゅうり塚(きうり塚)に納めることもできるそうです。ちなみに京都では八坂神社の神紋ときゅうりの切り口が似ているから7月の祇園祭期間中はきゅうりを食べないと言われています。
きゅうりが使われる理由はきゅうりが95%以上が水分で、きゅうりで体の痛い部分・悪い部分をさすると水分に悪いものが溶けやすいと考えたからだとも言われています。
空海は774年(宝亀5年)讃岐(香川県善通寺市)で父・佐伯直田公(さえきのあたいたぎみ)と母・阿刀大足(あとのおおたり)の妹の間に生まれました。空海は讃岐から15歳で京都に上京し、804年(延暦23年)に遣唐使として唐に渡り、真言密教を日本に伝えて真言宗の開祖になったり、日本最初の私立学校・綜芸種智院を創立したりしました。その後空海は835年(承和2年)3月21日に高野山で亡くなりました。
土用は雑節で、立春・立夏・立秋・立冬前の約18日間を言います。その約18日間の内、十二支の丑の日に当たるが土用の丑の日です。土用の丑の日が2回ある場合、一の丑・二の丑と言われます。ちなみに土用の丑の日に鰻を食べる習慣は平賀源内が起源とも言われています。平賀源内は鰻が夏場に売れないことを相談され、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めたそうです。

【神光院 歴史・簡単概要】
神光院(じんこういん)は1217年(建保5年)上賀茂神社(賀茂別雷神社)の神職・松下能久が「霊光の照らした地に一宇を建立せよ」との神託を受け、慶円(けいえん・きょうえん)を招いて建立したのが起源です。神光院の名称は「霊光の照らした地に一宇を建立せよ」に由来しています。その後天保年間に堂宇を焼失し、明治維新後の廃仏毀釈によって一時廃寺になったが、1878年(明治11年)和田月心が再興しました。なお神光院は以前京都御所に奉納する瓦職人の宿があったことから瓦屋寺とも言われていました。
神光院は真言宗系の単立寺院です。
*参考・・・神光院神光院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【きゅうり封じ2017 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。(画像募集中・コンタクト参照)
神光院(アクセス・見どころ・・・)情報

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