三十三間堂

三十三間堂

三十三間堂を観光するなら歴史的に関係が深く、三十三間堂を境外仏堂する妙法院(みょうほういん)や三十三間堂の鎮守社・久勢稲荷大明神も一緒に回るのもいいかもしれません。久勢稲荷大明神は三十三間堂のすぐ南にあり、比較的簡単に拝観できます。なお三十三間堂では通し矢(とおしや)・春桃会(しゅんとうえ)などが行われ、行事も一緒に見るのもいいかもしれません。

【三十三間堂・妙法院・久勢稲荷大明神 基本情報】
三十三間堂(アクセス・見どころ・・・)情報
三十三間堂本山・妙法院(アクセス・見どころ・・・)情報

【三十三間堂・妙法院・久勢稲荷大明神 マップ・地図】

【三十三間堂 歴史・簡単概要】
三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)・蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)は平安時代の988年(永延2年)に太政大臣・藤原為光(ふじわらのためみつ)が造営した私邸があった場所とも言われています。その後989年(永祚元年)に為光が妻と第65代・花山天皇の女御だった娘の菩提を弔う為に法住寺(ほうじゅうじ)を創建したが、1032年(長元5年)の火災によって焼失しました。1161年(永暦2年)に後白河上皇(第77代・後白河天皇)が法住寺跡に離宮・法住寺殿(ほうじゅうじどの)を営み、三十三間堂は1165年(長寛2年)に後白河上皇が平清盛(たいらのきよもり)に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に創建されたのが起源です。ただ1249年(建長元年)に焼失し、1266年(文永3年)に後嵯峨上皇(第88代・後嵯峨天皇)が本堂(三十三間堂)のみを再建しました。その後室町幕府第6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)が修復し、関白・豊臣秀吉が東山大仏(方広寺)を建立した際、土塀や門などが整備されたと言われています。なお三十三間堂の名称は間面記法による表記「三十三間四面」に由来しています。三十三は観音に縁のある数字で、法華経などによると観音菩薩が三十三種の姿に変じ、衆生を救うと説かれています。
三十三間堂は天台宗・妙法院の境外仏堂です。
*参考・・・三十三間堂(アクセス・歴史・・・)ホームページ三十三間堂(アクセス・歴史・・・)wikipedia

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【妙法院 歴史・簡単概要】
妙法院(みょうほういん)は比叡山三千坊と言われる比叡山上にあった僧侶の住坊が起源と言われています。初代門主は天台宗の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄とされています。その後平安時代末期に洛中に移り、一時綾小路小坂にあったが、16世紀末までに現在の場所である法住寺殿跡に移りました。妙法院は鎌倉時代に後高倉院の第2王子・尊性法親王が18代門主として入寺して以来門跡寺院になりました。なお妙法院は方広寺・三十三間堂(蓮華王院)・新日吉社を兼帯する大寺院だったが、方広寺・新日吉社は分離・独立し、三十三間堂だけが現在も妙法院の所属になっています。ちなみに三十三間堂は1165年(長寛2年)に後白河上皇(第77代・後白河天皇)が平清盛(たいらのきよもり)に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に創建したのが起源です。
妙法院は天台宗の寺院です。
*参考・・・妙法院妙法院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【久勢稲荷大明神 歴史・簡単概要】
久勢稲荷大明神は三十三間堂の鎮守社です。久勢稲荷大明神はお稲荷さんと言うこともあり、お稲荷さんのお使い(眷族(けんぞく)・神使(しんし)・祭神の使者)であるきつね(狐)が置かれています。なお久勢稲荷大明神に関する細かい情報は不明です。

【三十三間堂通し矢 歴史・簡単概要】
三十三間堂通し矢(とおしや)・大的大会(おおまとたいかい)は江戸時代に各藩の弓術家が本堂の軒下で矢を射った大矢数(おおやかず)に因んだ行事です。大矢数は一昼夜に何本射通したかを競ったものだそうです。ちなみに通し矢は確証はなく、伝説の域を出ないそうだが、1156年頃(保元元年頃)熊野・蕪坂源太(かぶさかげんた)が三十三間堂で行ったのが起源とも言われているそうです。蕪坂源太は狩りを職業とし、二町(約218メートル)先を走る鹿さえも外さなかったとも言われているそうです。なお通し矢の記録が明確に残っているのは1651年(慶安4年)に出された「年代矢数帳」に記されている1606年(慶長11年)の朝岡平兵衛(あさおかへいべえ)の記録が最初だそうです。なお通し矢は毎年1月15日に近い日曜日に行われています。

【三十三間堂春桃会 歴史・簡単概要】
三十三間堂春桃会(しゅんとうえ)・ももの法会は三十三間堂の「三」に因み、「三」が重なる3月3日の桃の節句に行われ、無事息災を祈願します。ちなみに3月3日は陽数(奇数)が重なり、陰陽道では縁起がよいとされているそうです。ちなみにひな祭り(雛祭り)はかつて上巳(じょうし・じょうみ)の節句である旧暦の3月3日(新暦の4月頃)に行われていたが、1873年(明治6年)の新暦移行に伴って、現在のように3月3日に行なうようになりました。上巳の節句は桃の花が咲く季節だったことから桃の節句とも言われました。なお春桃会は毎年3月3日に行われています。

【三十三間堂 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
三十三間堂見どころ
三十三間堂・通し矢
三十三間堂・春桃会

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