三千院万灯会2018/8/12

三千院

万灯会2018は京都の夏の風物詩です。万灯会は毎年8月12日に行われています。万灯会は往生極楽院が極楽浄土への祈りを捧げる為に建立されたと言われていることからその祈りを長く後世に受け継いでいく為に行われているそうです。万灯会では先祖の霊を迎え入れ、世界平和・諸願成就を願って、千年の祈りが点灯されます。(詳細下記参照)

【万灯会2018 日程時間(要確認)】
万灯会2018は2018年(平成30年)8月12日(日曜日)18:00~21:00まで行われます。

【万灯会2018・三千院 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区大原来迎院町540
最寄り駅・バス停・・・大原(徒歩約10分)

京都バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から三千院は17系統(C3乗り場)、18系統(C3乗り場)
*四条河原町・三条京阪からは17系統
*四条烏丸からは17系統
京都バス・アクセスダイヤ

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【万灯会 歴史・簡単概要】
三千院万灯会(まんとうえ)は2004年(平成16年)天台宗の開宗1200年を記念して始まりました。万灯会は往生極楽院(おうじょうごくらくいん)が極楽浄土への祈りを捧げる為に建立されたと言われていることからその祈りを長く後世に受け継いでいく為に行われているそうです。万灯会では先祖の霊を迎え入れ、世界平和・諸願成就を願って、千年の祈りが点灯されます。境内のたくさんのロウソクに火が灯されます。
往生極楽院(重要文化財)は平安時代末期に高松中納言・藤原実衡(ふじわらのさねひら)の妻・真如房尼が夫の菩提を弔う為に阿弥陀堂として建立したと言われています。また寺伝によると985年(寛和元年)に恵心僧都(えしんそうず)・源信(げんしん)の妹・安養尼が建立したとも言われています。ただ往生極楽院は1616年(元和2年)に修理され、建物の外側は建立当時のものはほとんど失われたとも言われています。往生極楽院は元々三千院とは無関係だったが、1871年(明治4年)に三千院が移ってきてから三千院の一部になりました。往生極楽院は有清園(ゆうせいえん)の中にある杉苔に覆われた庭園・瑠璃光庭(るりこうてい)の中にあります。往生極楽院は間口3間・奥行き4間の小さな堂で、天井には極楽浄土を表す天井画が描かれ、堂内一杯に高さ約2.3メートルの阿弥陀三尊坐像(国宝)を安置しています。なお往生極楽院はかつて極楽院と言われていたが、1885年(明治18年)に名称が改められました。
万灯は651年(白雉2年)に宮中で行われたのが日本最初記録で、8世紀には東大寺(とうだいじ)・本元興寺(もとがんごうじ)・薬師寺(やくしじ)などで恒例の法会になったと言われているそうです。

【三千院 歴史・簡単概要】
三千院(さんぜんいん)は788年(延暦7年)に天台宗の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が比叡山に延暦寺(えんりゃくじ)を創建し、延暦年間(782年~806年)に比叡山東塔南谷の山梨の大木の下に一宇・円融房(えんにゅうぼう)を構え、自作の薬師如来像を本尊として安置したのが起源と言われています。860年(貞観2年)に承雲和尚(じょううんおしょう)が最澄作の薬師如来像を安置する伽藍を建立して円融院(えんにゅういん)と称したとも言われています。三千院は第3代天台座主の慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)に引き継がれ、平安時代後期の1118年(元永元年)に第73代・堀河天皇の皇子・最雲法親王(さいうんほっしんのう)が入寺して以来、皇子・皇族が入寺して住持する宮門跡になりました。三千院は比叡山内から近江坂本に移り、1232年(貞永元年)の火災から京都・洛中で度々移り、名称も梨下房・円徳院・梨下門跡・梶井門跡と改めなした。なお1871年(明治4年)に大原の政所(まんどころ)を本坊と定め、名称を三千院(三千院門跡)に改めました。
三千院は天台宗の寺院です。天台宗の三門跡(青蓮院・妙法院)の中で一番歴史が古い。
*参考・・・三千院(アクセス・歴史・・・)ホームページ三千院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【万灯会2018 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
万灯会では拝観料が無料になります。(要確認)
三千院(アクセス・見どころ・・・)情報
三千院見どころ

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