車折神社三船祭2018/5/20

三船祭

三船祭2018は京都の春の風物詩です。三船祭は毎年5月の第3日曜日に行われています。三船祭では御座船(ござぶね)・龍頭船(りゅうずせん)・鷁首船(げきすせん)などの船上で、雅楽に合わせて舞楽が舞われるなど伝統芸能が披露されます。また三船祭では「枕草子」の作者・清少納言に扮した女性などが扇流しも行います。(詳細下記参照)

【三船祭2018 日程時間(要確認)】
三船祭2018は2018年(平成30年)5月20日(日曜日)12:00頃~15:00頃まで行われます。なお12:30頃から清少納言などの参進行列が嵐山公園中之島地区を出発し、13:00頃から神事と嵐山・大堰川で船遊びが再現されます。(雨天中止)

【三船祭2018・嵐山(大堰川) アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市右京区
最寄のバス停・・・嵐山(徒歩すぐ)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは28系統(D3乗り場)
*四条河原町からは11系統
*四条烏丸からは11系統
*河原町丸太町からは93系統
市バスダイヤ

嵐電(京福電鉄)嵐山線の場合、最寄の駅は嵐山駅(徒歩すぐ)
JR嵯峨野線の場合、最寄の駅は嵯峨嵐山駅(徒歩約5分)
阪急電鉄嵐山線の場合、最寄の駅は嵐山駅(徒歩約5分)

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【三船祭 歴史・簡単概要】
車折神社三船祭(みふねまつり)は898年(昌泰元年)に宇多上皇(第59代・宇多天皇)が嵐山・大堰川(おおい がわ)で行った船遊びに由来する祭礼です。三船祭は車折神社の例祭の延長神事・昭和御大典(しょうわごたいてん)を記念し、1928年(昭和3年)から始まりました。なお三船祭の名称は72代・白河天皇が行幸した際、和歌・漢詩・奏楽に長じた者を三隻の船に乗せ、船遊びしたことに由来します。
三船祭では先ず清少納言などの参進行列が嵐山公園中之島地区から大堰川(渡月橋上流)まで巡行し、その後神事が行われます。神事終了後、大堰川に浮かべられた御座船(ござぶね)・龍頭船(りゅうずせん)・鷁首船(げきすせん)・御伴船(みともぶね)の船上で、雅楽に合わせて舞楽が舞われるなど伝統芸能が披露されます。また三船祭では「枕草子」の作者・清少納言に扮した女性などが扇流しも行います。扇流しは室町幕府初代将軍・足利尊氏が天龍寺に参詣した際、お供の童子が誤って扇を落し、川面を流れる扇の優美さを喜んだことに由来します。その後尊氏が天龍寺を訪れる際には競って扇を川に流したと言われています。三船祭の扇流しでは100本の扇子が大堰川に流されるそうです。なお三船祭では献茶が行われ、野点席も設けられます。

【車折神社 歴史・簡単概要】
車折神社(くるまざきじんじゃ)は1189年(文治5年)に漢学者・儒学者であった清原頼業(きよはらのよりなり)が亡くなり、清原家の領地だった現在の場所に廟が建てられ、その後寺院・宝寿院(ほうじゅいん)が創建されたの起源と言われています。宝寿院の名称は頼業の法名・宝寿院殿に由来しています。頼業は生前から桜を殊に愛し、廟には多くの桜が植えられたことから「桜の宮」とも言われていたそうです。その後1190年(建久元年)頃に車折神社が造営され、鎌倉時代に第88代・後嵯峨天皇から「車折大明神」の神号を賜り、神階・正一位を贈られました。1339年(暦応2年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏が南朝初代で、第96代・後醍醐天皇を弔う為に夢窓疏石(むそうそせき)を開山として天龍寺を創建されると宝寿院は天龍寺の末寺になりました。なお車折神社は清原頼業を主祭神に祀っています。また車折神社には天宇受売命(あまのうずめのみこと)を祀る芸能神社(げいのうじんじゃ)・大国主神社・弁天神社などの境内社もあります。
*参考・・・車折神社ホームページ車折神社wikipedia

【三船祭2018 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
車折神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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