上賀茂神社歴史

上賀茂神社

上賀茂神社歴史(上賀茂神社の歴史)を紹介しています。(簡単歴史)上賀茂神社は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命が現社殿の北北西にある秀峰・神山に降臨したのが起源とも言われています。上賀茂神社は下鴨神社とともに賀茂氏の氏神を祀り、賀茂神社(賀茂社)と言われました。

【上賀茂神社歴史以外の情報】
上賀茂神社歴史以外の基本情報
上賀茂神社歴史以外の情報(見どころ)

【上賀茂神社歴史 年表】
(上賀茂神社歴史 創建)
上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は起源が明確ではありません。上賀茂神社は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。上賀茂神社は下鴨神社(賀茂御祖神社)とともに古代氏族・賀茂氏の氏神を祀り、下鴨神社と合わせて賀茂神社(賀茂社)と言われました。上賀茂神社は上賀茂社・上社とも言われたそうです。なお上賀茂神社と下鴨神社の祭礼で、京都三大祭である葵祭は正式には賀茂祭と言われています。

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(上賀茂神社歴史 飛鳥時代)
678年(天武天皇7年)社殿が造営されたとも言われています。その後784年(延暦3年)長岡京遷都の際、下鴨神社とともに従二位の神位が与えられました。

(上賀茂神社歴史 平安時代)
794年(延暦13年)平安京遷都の際、王城鎮護の神になり、桓武天皇が行幸しました。その後807年(大同2年)に神階・正一位に叙され、葵祭(賀茂祭)が勅祭になり、810年(大同5年)には賀茂斎院が置かれ、嵯峨天皇の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕えました。なお斎王は35代、約400年も続き、1212年(建暦2年)の後鳥羽天皇の皇女・礼子内親王(れいしないしんのう)が最後になりました。
820年(弘仁11年)嵯峨天皇の勅により、神宮寺が建立された。なお神宮寺は明治維新後の廃仏毀釈によって廃されました。
968年(安和元年)に式年造営が行われ、1036年(長元9年)に後一条天皇の勅により、21年毎の式年遷宮が始り、1037年(長暦元年)には式年造営が行われました。

(上賀茂神社歴史 その後)
応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))により、葵祭は中止になり、しばらく途絶えていたが、1694年(元禄7年)から再開しました。
明治維新後の近代社格制度では官幣大社の筆頭とされ、1883年(明治16年)には勅祭社になりました。

【上賀茂神社 建物】
●本殿は1863年(文久3年)の式年遷宮で建て替えられました。
●権殿(渡殿)は本殿と同じく1863年(文久3年)の式年遷宮で建て替えられました。
●細殿(拝殿)は1628年(寛永5年)に建て替えられました。
●忌子殿(いこでん)は1628年(寛永5年)に建て替えられました。
●舞殿(橋殿)は1863年(文久3年)に建て替えられられました。
●外幣殿(御所殿)は1628年(寛永5年)に建て替えられ、1880年(明治13年)に改修されました。
●高倉殿は1628年(寛永5年)に建て替えられました。
●御供所(ごくしょ)は1628年(寛永5年)頃に建て替えられました。
●楽屋(がくのや)は1628年(寛永5年)に建て替えられ、1880年(明治13年)に改修されました。
●土屋(到着殿)は1628年(寛永5年)に造営されました。
●神宝庫は1628年(寛永5年)に造営されました。
●唐門は1628年(寛永5年)頃に造営されました。
●楼門は1628年(寛永5年)に造営されました。
●中門は1628年(寛永5年)に造営されました。

【上賀茂神社 その他】
●一の鳥居は1918年(大正7年)、二の鳥居は1951年(昭和26年)に建てられました。
●庭園・渉渓園(しょうけいえん)は1960年(昭和35年)作庭家・中根金作(なかねきんさく)が作庭しました。

【上賀茂神社歴史 下鴨神社】
下鴨神社は社伝によると神武天皇の御代に比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が降臨したのが起源とも言われています。
上賀茂神社歴史・下鴨神社

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