下鴨神社

下鴨神社

下鴨神社を観光するなら歴史的に関係が深い下鴨神社の摂末社である相生社(あいおいのやしろ)・河合神社(かわいじんじゃ)・言社(ことしゃ)・御手洗社(みたらししゃ)・御蔭神社(みかげじんじゃ)も一緒に回るのもいいかもしれません。相生社・河合神社・言社・御手洗社は下鴨神社の境内にあり、比較的簡単に拝観できます。なお下鴨神社では葵祭(あおいまつり)などが行われ、行事も一緒に見るのもいいかもしれません。

【下鴨神社・摂末社 基本情報】
下鴨神社(アクセス・見どころ・・・)情報
下鴨神社の摂末社・相生社(アクセス・見どころ・・・)情報
下鴨神社の摂末社・河合神社(アクセス・見どころ・・・)情報
下鴨神社の摂末社・言社(アクセス・見どころ・・・)情報
下鴨神社の摂末社・御手洗社(アクセス・見どころ・・・)情報
下鴨神社の摂末社・御蔭神社(アクセス・見どころ・・・)情報

【下鴨神社・摂末社 マップ・地図】

【下鴨神社 歴史・簡単概要】
下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は起源が明確ではありません。下鴨神社は社伝によると初代・神武天皇の時代(紀元前660年~紀元前582年)に比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に祭神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が降臨したのが起源とも言われています。また下鴨神社は紀元前90年(崇神天皇7年)に瑞垣(みずかき)の修造の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。その後第29代・欽明天皇の時代(539年~571年)に欽明天皇が勅使を派遣して葵祭(賀茂祭)が始まり、678年(天武天皇7年)に社殿が造営され、天平年間(729年~749年)には上賀茂神社から分置されたとも言われています。794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、王城鎮護の神になり、桓武天皇が初めて行幸しました。その後807年(大同2年)に神階・正一位に叙され、葵祭が天皇の勅使が派遣されて行われる勅祭になり、810年(大同5年)には葵祭に奉仕する賀茂斎院(かもさいいん)が置かれ、第52代・嵯峨天皇の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕えました。なお下鴨神社は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
下鴨神社は上賀茂神社(賀茂別雷神社)とともに古代氏族の賀茂氏の氏神を祀る神社です。
*参考・・・下鴨神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ下鴨神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

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【相生社 歴史・簡単概要】
相生社(あいおいのやしろ)・相生神社は起源が明確ではありません。相生社には縁結びの神とされている神皇産霊神(かむむすびのかみ)が祀られています。「相生」はおめでたいことを意味するが、「相生」は相生社に由来していると言われています。なお下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は社伝によると神武天皇の御代に比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が降臨したのが起源とも言われています。
相生社は下鴨神社(賀茂御祖神社)の境内摂社です。

【河合神社 歴史・簡単概要】
河合神社(かわいじんじゃ)は起源が明確ではありません。858年(天安2年)下鴨川合神は従五位上を授けられたと記され、それ以前から祀られていたと言われています。なお下鴨神社(賀茂御祖神社)は神武天皇の御代に御蔭山(みかげやま)に祭神が降臨したとか、また崇神天皇7年(BC90年)に神社の瑞垣の修造の記録があり、その頃に創建したとか言われています。
河合神社は下鴨神社(賀茂御祖神社)の摂社です。

【言社 歴史・簡単概要】
言社(ことしゃ)・大国さまは起源が明確ではありません。言社は日本神話・因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)に登場する大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っています。大国主命は7つの名前と7つの働きを持ち、言社にはその名前ごとに7つの社があり、十二支の守護神になっています。
言社は下鴨神社(賀茂御祖神社)の末社です。

【御手洗社 歴史・簡単概要】
御手洗社(みたらししゃ)・井上社(いのうえしゃ)は起源が明確ではありません。御手洗社は加茂川(鴨川)と高野川の合流地の東岸にあった唐先社が起源とも言われています。その後1470年(文明2年)文明の乱の兵火によって焼失し、文禄年間(1592年~1595年)に現在の場所に移されと言われています。ちなみに井上社の名称は井戸の井筒の上に祀られていることに由来しています。なお御手洗社は祓戸四神の一神で、災厄抜除の女神である瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)を祀っています。
御手洗社は下鴨神社(賀茂御祖神社)の境内末社です。

【御蔭神社 歴史・簡単概要】
御蔭神社(みかげじんじゃ)は起源は明確ではありません。御蔭神社は紀元前から御生神事が始まったとも、社伝によると古代から山背北部豪族が祭祀を行っていたとも言われています。また677年(天武天皇6年)山背国司が造営した賀茂神宮があったとも言われています。その後1622年(元和8年)下鴨神社(賀茂御祖神社)の式年遷宮の際に社殿が造り替えられました。しかし1758年(宝暦8年)の台風による高野川などの氾濫によって社殿の一部が流失し、1830年(天保元年)の文政の大地震によっても社殿が流失し、1834年(天保5年)に現在の場所に移され、1835年(天保6年)の式年遷宮の際に社殿が造り替えられました。1963年(昭和38年)の台風によって御蔭社斎館が倒壊し、1964年(昭和39年)の式年遷宮の際に社殿が修理され、2003年(平成15年)の式年遷宮の際に本殿が解体修理されました。
御蔭神社は下鴨神社(賀茂御祖神社)の境外摂社です。

【下鴨神社葵祭 歴史・簡単概要】
下鴨神社葵祭(あおいまつり)・賀茂祭は古墳時代後期の欽明天皇(540年~571年)の時代に京都をはじめ全国が風水害に見舞われて飢餓・疫病が流行し、賀茂大神(上賀茂神社・下鴨神社)の崇敬者・卜部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)に占わせられたところ賀茂大神の祟りであると奏した為、4月吉日を選んで、馬に鈴を懸け、人は猪頭(いのがしら)を被り、駆競(くち・かけくらべ)して盛大に祭りを行ったことが起源です。葵祭は819年(弘仁10年)に律令制度の中で最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行われる国家的行事になりました。その為平安時代中期には祭りと言えば、葵祭のことをさすほど隆盛を極めたが、武士の時代の鎌倉時代・室町時代には衰えました。なお葵祭は毎年5月15日に行われています。関連行事(前儀・後儀)は毎年5月1日から21日頃まで行われます。
*参考・・・葵祭wikipedia

【下鴨神社 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
下鴨神社見どころ
下鴨神社・葵祭

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