京都洛中桜名所地図

平野神社

京都洛中にある桜の名所(寺院・神社など)を紹介しています。京都では例年3月下旬頃から4月上旬頃に桜の見ごろを迎えることが多いが、その年の気候や桜の名所の地理的条件などによって多少前後することがあります。最近は地球温暖化の影響により、少し見頃が早まることが多いようです。

【京都桜見ごろ 桜開花・満開予想】
2019年の京都桜見ごろ情報は2019年2月上旬頃から順次情報発信します。京都地方気象台や民間気象会社(ウェザーニュース・ウェザーマップなど)の情報が更新され次第、素早く情報発信します。

【京都洛中桜名所 マップ・地図】

【京都洛中桜名所 基礎知識】
桜は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開(桜の見ごろ)になるとも言われています。なお桜と言うと花見を連想するが、奈良時代に花見と言えば、中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に少しずつ変わって行ったそうです。それは貴族などが詠んだ和歌などにも現れ、「万葉集(奈良時代末期頃成立)」では梅を詠んだ歌が119首、桜を詠んだ歌が42種だったが、「古今和歌集(平安時代前期成立)」では梅を詠んだ歌が18首、桜を詠んだ歌が70種とその数が逆転します。(誤差あり)

スポンサーリンク


平野神社・・・4月上旬頃
閑臥庵・・・4月上旬頃
京都御苑・・・3月下旬~4月中旬頃
二条城・・・4月上旬頃
渉成園・・・4月上旬頃

【京都洛中桜名所 平野神社】
平野神社(ひらのじんじゃ)は794年(延暦13年)桓武天皇による平安京遷都とともに平城京の田村後宮(たむらこうきゅう)に祀られていた三神(今木神・久度神・古開神)を移したのが起源と言われています。981年(天元4年)円融天皇が行幸し、その後皇太子守護の神社として、平野祭では皇太子が自ら奉幣を行いました。また源氏・平氏などの氏神として崇敬され、「八姓の祖神」とも言われました。その後応仁の乱や天文法華の乱によって焼失し、慶安年間に公家・西洞院時慶(にしのとういんときよし)が後陽成天皇の勅許によって修造し、1649年(慶安2年)頃に後水尾天皇の中宮・東福門院が拝殿などを再建しました。
平野神社・桜名所
桜ライトアップ・平野神社

【京都洛中桜名所 閑臥庵】
閑臥庵(かんがあん)・曙寺(あけぼのでら)は江戸時代前期に後水尾法皇(第108代・後水尾天皇)の実弟・梶井常修院の宮(かじいじょうしゅういんのみや)の院邸があった場所です。梶井常修院の宮は慈胤法親王(じいんほっしんのう)とも言われ、江戸時代初期に3度に渡って天台座主に任じられました。後水尾法皇が篤く信仰して院邸を献上し、閑臥庵は1671年(寛文11年)に王城鎮護の為に貴船・奥の院から鎮宅霊符神(ちんたくれいふじん)を勧請し、中国からの渡来僧で、萬福寺第6代住持・千呆(せんがい)を招聘して創建されました。閑臥庵は御所の祈願所とされ、後水尾法皇から「閑臥庵」と命名され、宸筆の勅額を賜りました。ちなみに後水尾法皇は庭を愛でて和歌を詠んだと言われています。なお閑臥庵は十千十二支九星を司る総守護神であり、陰陽道最高の神とされている北辰鎮宅霊符神を祀っています。
閑臥庵・桜名所

【京都洛中桜名所 京都御苑】
京都御苑(きょうとぎょえん)は京都府京都市上京区にある南北約1,300メートル・東西700メートル・総面積約92ヘクタールの国民公園です。ちなみに京都御苑内には京都御所・仙洞御所・大宮御所・京都迎賓館があり、京都迎賓館は内閣府、それ以外は宮内庁が管理しています。また京都御苑内には宗像神社・厳島神社・白雲神社や賀陽宮・西園寺・鷹司などの貴族邸宅跡も残されています。京都御苑は天正年間(1573年~1592年)に関白・豊臣秀吉が公家を御所周辺に移住させたことから江戸時代には200もの宮家・公家の邸宅が立ち並んでいました。しかし明治維新後に首都が東京に移ると御所周辺は荒廃しました。そこで1877年(明治10年)に輔相・岩倉具視(いわくらともみ)が旧慣保存の為、御所の保存を建議しました。そして京都府が火災延焼を防ぐ為、御所周辺の空き家を撤去して整備したのが京都御苑の起源です。その後1915年(大正4年)に第123代・大正天皇の即位の礼が行われることになり、建礼門前大通などが大規模に改修され、ほぼ現在の姿になりました。なお太平洋戦争後は国民公園として位置付けられ、御所と一体となった景観を維持しつつ、散策や休養等の場として親しまれています。
京都御苑・桜名所

【京都洛中桜名所 二条城】
二条城(にじょうじょう)・元離宮二条城(もとりきゅうにじょうじょう)はかつて禁苑(宮中の庭)だった神泉苑(しんせんえん)の一部で、内裏も造営された場所でした。その後1601年(慶長6年)江戸幕府初代将軍・徳川家康が京都御所の守護・将軍の宿泊所として築城を開始し、西国諸大名に費用と労務を割り当てました。1603年(慶長8年)に本丸御殿(二の丸御殿)が完成し、伏見城での将軍宣下の後に家康が入城し、重臣・公家衆を招いて将軍就任の祝賀の儀を行いました。1624年(寛永元年)江戸幕府3代将軍・徳川家光が後水尾天皇の行幸の際に大規模な改修・増築を行いました。
二条城・桜名所
桜ライトアップ・二条城

【京都洛中桜名所 渉成園】
渉成園(しょうせいえん)・枳殻邸(きこくてい)は9世紀末に嵯峨天皇の皇子であり、光源氏のモデルと言われている左大臣・源融(みなもとのとおる)が奥州・塩竃の風景を模した別荘・六条河原院(塩竃第)があった場所です。1641年(寛永18年)江戸幕府3代将軍・徳川家光が東本願寺に寄進し、1653年(承応2年)東本願寺第13代宣如(せんにょ)の願いにより、石川丈山(いしかわじょうざん)が書院式回遊庭園に作庭しました。その後1858年(安政5年)安政の大火・1864年(元治元年)元治の大火に見舞われ、1865年(慶応元年)から再建されました。
渉成園・桜名所

【京都洛中桜名所 京都市役所】
京都市役所(きょうとしやくしょ)は本庁舎(東館・西館)・西庁舎・北庁舎(中央棟・西棟・東棟)から構成されています。本庁舎(東館・西館)は武田五一・中野進一が設計し、東館が1927年(昭和2年)、西館が1931年(昭和6年)に完成しました。西庁舎は1931年(昭和16年)に完成し、4階の増築部分が1966年(昭和41年)に完成しました。北庁舎は西棟が1931年(昭和6年)、中央棟が1964年(昭和39年)、東棟が1974年(昭和49年)に完成しました。
京都市役所・桜名所

【京都洛中桜名所 祇園白川】
祇園白川(ぎおんしらかわ)は南北に走る大和大路通(やまとおおじどおり)の四条以北である縄手通(なわてどおり)の東側、東西に走る新橋通(しんばしどおり)と白川に面する辺りを言います。祇園白川の祇園は八坂神社(祇園社)の門前の茶屋町を古くから祇園町と言うようになったことに由来します。白川は茶屋町を流れる淀川水系鴨川支流の一級河川である白川に由来しています。祇園白川は江戸時代に元吉町など祇園内六町の茶屋町として開発されました。祇園白川には現在石畳が敷かれ、お茶屋が立ち並んでいたり、辰巳大明神(たつみだいみょうじん)・巽橋(たつみばし)・かにかくに碑などがあったりします。なお祇園白川の一部は国の重要伝統的建造物群保存地区・祇園新橋伝統的建造物群保存地区に含まれています。
祇園は八坂神社の門前町で、四条通の南北に広がっています。祇園は江戸時代に京都所司代・板倉重宗が水茶屋に茶点て女を置くことを許可したことから茶屋町として発展しました。
祇園白川・桜名所

【京都洛中桜名所 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
京都桜見ごろ2019

関連記事

京都観光 イベント・行事

  1. 永観堂紅葉ライトアップ

    2018年11月のイベント

    京都市内などで2018年11月に行われる寺社などのイベント・行事です。イベント・行事を見たり、参加し…
  2. 清水寺紅葉ライトアップ

    京都紅葉ライトアップ2018

    京都紅葉ライトアップ2018(夜間拝観)情報を紹介しています。紅葉ライトアップは紅葉が見ごろを迎える…
  3. 嵐山紅葉

    京都紅葉見ごろ2018

    京都紅葉見ごろ2018(紅葉時期)情報を紹介しています。紅葉の見ごろは例年11月上旬頃から12月上旬…

スポンサーリンク

スポンサーリンク

京都観光おすすめ

  1. 清水寺紅葉ライトアップ
    清水寺ライトアップ2018(紅葉・秋)は京都の秋の風物詩です。清水寺ライトアップは毎年紅葉がが見頃を…
  2. 永観堂紅葉ライトアップ
    永観堂ライトアップ2018(紅葉・秋)は京都の秋の風物詩です。永観堂ライトアップは毎年紅葉が見ごろを…
  3. 将軍塚大日堂
    将軍塚青龍殿ライトアップ2018(紅葉・秋)は京都の秋の風物詩です。将軍塚青龍殿ライトアップは毎年紅…
  4. 東寺紅葉ライトアップ
    東寺ライトアップ2018(紅葉・秋)は京都の秋の風物詩です。東寺ライトアップは毎年紅葉が見ごろを迎え…
  5. 高台寺紅葉ライトアップ
    高台寺ライトアップ2018(紅葉・秋)は京都の秋の風物詩です。高台寺ライトアップは毎年紅葉が見ごろを…

スポンサーリンク

ページ上部へ戻る