北野天満宮行事

北野天満宮

北野天満宮で行われる行事を紹介しています。なお北野天満宮は947年(天暦元年)多治比文子(たじひのあやこ)・近江比良宮の神主である神良種(みわのよしたね)・北野朝日寺の僧である最珍(さいちん)らが社殿を造営したのが起源です。

【北野天満宮行事以外の情報】
北野天満宮基本情報
北野天満宮歴史
北野天満宮見どころ
北野天満宮七不思議

【北野天満宮行事 1月1日 歳旦祭】
歳旦祭(さいたんさい)は皇室の繁栄・国家の隆盛・国民の安寧・世界平和などを祈願します。
歳旦祭は1年の始まりに神社などで行われる行事です。なお歳旦祭はかつて皇室祭祀令に基づく小祭日のひとつでした。

【北野天満宮行事 1月2日~4日 筆始祭・天満書】
筆始祭・天満書(ふではじめさい・てんまがき)では本殿の内陣に菅原道真遺愛の書道具を供えて、神徳を偲び、書の技芸の向上を祈願します。天満書は神前で書初めをして、書道の上達を願うことす。
菅原道真は嵯峨天皇・小野道風(おののとうふう)とともに三聖と称えられた名書家です。なお本殿は国宝で、1607年(慶長12年)豊臣秀頼が造営しました。

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【北野天満宮行事 1月25日 初天神】
初天神(はつてんじん)は毎月25日のご縁日(菅原道真の誕生日と命日)に行われ天神(天神市)の中でも12月25日の終い天神とともに特に賑わいます。例月よりも多い約1000軒の露店が立ち並ぶと言われています。
菅原道真は845年(承和12年)6月25日に生まれ、903年(延喜3年)2月25日に左遷された大宰府で亡くなりました。

【北野天満宮行事 節分の日 節分祭・追儺式】
節分祭・追儺式(せつぶんさい・ついなしき)は向う一年の災厄を祓い、病いを除くことを祈願します。なお節分祭後には北野追儺狂言(きたのついなきょうげん)や上七軒の芸舞妓による日本舞踊が奉納されたり、豆まきが行われたりします。
節分は元は季節の節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指すことが多くなりました。なお季節の節目には邪気が生じるとされています。

【北野天満宮行事 2月25日 梅花祭・梅花祭野点大茶湯】
梅花祭・梅花祭野点大茶湯(ばいかさい・ばいかさいのだておおちゃのゆ)は梅をこよなく愛した菅原道真の祥月命日に行われます。梅花祭は約900年の歴史があり、白梅や紅梅の小枝を挿した紙立(こうだて)などの神饌を供え、遺徳を偲びます。なお梅花祭野点大茶湯は関白・豊臣秀吉が行った北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)に因んで行われています。
北野大茶湯は秀吉が行った身分を問わない無礼講の茶会です。北野大茶湯では1500軒以上の数寄屋や茶屋を建てて客をもてなしたり、秀吉が所有する名物(茶道具)を公開したりしました。

【北野天満宮行事 3月15日 春祭(祈年祭)】
春祭(祈年祭)は五穀豊穣を祈願します。

【北野天満宮行事 4月中旬 文子天満宮祭】
文子天満宮祭(あやこてんまんぐうさい)は末社・文子天満宮(あやこてんまんぐう)の例祭です。文子天満宮祭では菅原道真を最初に祀った多治比文子(たじひのあやこ)の屋敷跡である西ノ京の御旅所まで神輿が巡行します。
多治比文子は巫女で、菅原道真の乳母とも言われています。多治比文子は942年(天慶5年)に菅原道真から北野に社殿を建てて祭祀するようにとの託宣を受けたと言われています。

【北野天満宮行事 4月20日 明祭】
明祭は菅原道真の冤罪が晴れた日にその喜びを神前に報告します。
菅原道真が大宰府で亡くなった後、京都では疫病が流行したり、天災が相次いだり、そして左遷に関係した者の死が続き、道真の怨霊の仕業と恐れられました。その為死後20年目に朝廷は左遷を撤回して官位を復し、正二位を贈りました。993年(正暦4年)には正一位・右大臣・太政大臣を追贈しました。

【北野天満宮行事 6月1日 雷除大祭】
雷除大祭(かみなりよけたいさい)は摂社・火之御子社(ひのみこしゃきりびさい)の例祭です。雷除大祭では古式に則って火打ち石で浄火を点し、五穀豊穣と雷除けを祈願します。
火之御子社は北野天満宮が造営される以前から祀られ、古くは北野の雷公とも言われました。

【北野天満宮行事 6月25日 御誕辰祭】
御誕辰祭(ごたんしんさい)は845年(承和12年)6月25日に生まれた菅原道真の誕生日の祭礼です。
菅原道真は平安時代前期の公家・菅原是善(すがわらのこれよし)と母・伴真成の娘の三男として生まれました。

【北野天満宮行事 6月25日 大茅の輪くぐり】
大茅の輪くぐり(おおちのわくぐり)は楼門に大茅の輪を設置し、無病息災を祈願します。
大茅の輪は直径約5メートルで、京都最大とも言われています。
茅の輪は一般的に萱(かや)・藁(わら)で作られます。

【北野天満宮行事 6月30日 夏越の大祓】
夏越の大祓(なごしのおおはらえ)は本殿前に設置した茅の輪を神職とともにくぐり、身に付けた罪や穢れを祓い、無病息災を祈願します。
夏越の大祓は素戔鳴命(すさのおのみこと)に宿を供して救った蘇民将来(そみんしょうらい)が腰に茅の輪を下げたところ子孫に至るまで災厄なく栄えたという神話に由来しています。なお護符「蘇民将来之子孫也」の由来にもなっています。

【北野天満宮行事 7月7日 御手洗祭・七夕祭】
御手洗祭・七夕祭(みたらしさい・たなばたさい)では菅原道真遺愛と言われている書道具・夏野菜・御手洗団子などを供え、七夕の詩を詠み、農作物の生育・万民の無病息災を祈願します。また子供の願い事を書いた短冊を飾った青竹を祭壇の回りに飾り、子供たちが七夕の踊りを奉納します。なお七夕祭は棚機祭とも書くそうです。
菅原道真は「ひこ星の行(ゆき)あひをまつかささぎの渡せる橋をわれにかさむな」と歌を詠んだそうです。

【北野天満宮行事 8月4日 例祭(北野祭)】
例祭(北野祭)は北野天満宮創建の翌年から行われ、皇室の繁栄・国家安泰・五穀豊穣・無病息災を祈願します。
例祭(北野祭)は987年(永延元年)一條天皇の勅使を迎えたことから国家の祭祀になったそうです。なお例祭(北野祭)は本殿祭と神幸祭が一体となって行われていたが、応仁の乱の兵火によって神幸祭が途絶えたと言われています。

【北野天満宮行事 10月1日~5日 ずいき祭】
ずいき祭は菅原道真が大宰府で彫た木像を随行者が持ち帰って祀り、野菜・穀物を供えて感謝したのが起源と言われています。ずいき祭の神幸祭では北野天満宮から西ノ京の御旅所に天神さま(菅原道真)を移し、御旅所から戻る還幸祭までの期間、野菜・穀物などで飾り付けしたずいき御輿が駐輦(ちゅうれん)します。
ずいき祭の「ずいき」は里芋の茎(くき)である「芋苗英(いもずいき)」のことで、ずいきを神輿の屋根を葺くことからずいき祭と言われるようになったそうです。

【北野天満宮行事 10月21日 一条天皇行幸始祭】
一条天皇行幸始祭(いちじょうてんのうぎょうこうはじめさい)は1004(寛弘元年)10月21日に一條天皇が初めて北野天満宮(北野社)に行幸されたことに因んだ祭礼です。
一条天皇からは「北野天満宮天神」の神号が賜り、歴代天皇の行幸の始まりにもなったと言われています。

【北野天満宮行事 10月29日 余香祭】
余香祭(よこうさい)は菅原道真が宮中の重陽の宴(ちょうようのうたげ)で歌を詠み、醍醐天皇から御衣を賜ったことを左遷された大宰府で、御衣の残り香を嗅ぎながら追想して詩を詠んだことに由来する祭礼です。
菅原道真は「去年今夜待清涼 愁思詩篇独断腸 恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香(・・・今ここにある恩賜の御衣 毎日捧げ持っては余香を拝す・・・)」と詠んだそうです。

【北野天満宮行事 11月23日 新嘗祭】
新嘗祭(にいなめさい)は収穫された新穀を供え、神の御恵に感謝します。
新嘗祭は古くから宮中で行われていた祭祀です。新嘗祭では天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に供え、自らも食して収穫に感謝しました。

【北野天満宮行事 11月26日 御茶壺奉献祭・口切式】
御茶壺奉献祭・口切式(おちゃつぼほうけんさい・くちきりしき)は12月1日の献茶祭で使用する木幡・宇治・莵道・伏見桃山・小倉・京都・山城などのお茶を奉納します。
御茶壺奉献祭では神職を先頭に茶娘姿の女子、白装束姿の男子が茶壺を納めた唐櫃を肩に担ぎ、一の鳥居から本殿まで行列をつくって移動します。

【北野天満宮行事 12月1日 献茶祭】
献茶祭(けんちゃさい)は1587年(天正15年)10月1日関白・豊臣秀吉が行った北野大茶湯(北野大茶会)に因んだ祭礼です。なお献茶祭は400年以上の歴史があります。
北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)は身分を問わない無礼講の茶会です。だた北野大茶湯は当初10日間の予定だったが、たった1日で終わったそうです。

【北野天満宮行事 12月13日 大福梅の授与】
大福梅の授与(おおふくうめのじゅよ)は951年(天暦5年)に疫病が流行した際、「天皇(村上天皇) 御脳(おのう)にかかり給いしが この茶を服し給えば 御脳たち所に平癒す。これより王服(おおふく)と称して 毎年元旦にこの茶を服し給い、萬民これを倣い年中の疫病邪気を除き長寿幸福を得るなり。」ということに由来しています。
大福梅は元日の朝に祝膳の初茶として飲むと邪気を祓い、一年間の無病息災のご利益があると言われています。

【北野天満宮行事 12月25日 終い天神】
終い天神(しまいてんじん)は毎月25日のご縁日(菅原道真の誕生日と命日)に行われ天神(天神市)の中でも1月25日の初天神とともに特に賑わいます。終い天神では荒巻き鮭・注連縄飾りなど正月用品もたくさん販売されています。
菅原道真は845年(承和12年)6月25日に生まれ、903年(延喜3年)2月25日に亡くなりました。

【北野天満宮行事 12月31日 火之御子社鑽火祭】
火之御子社鑽火祭(ひのみこしゃきりびさい)・天満宮のおけら詣(おけらまいり)は摂社・火之御子社で、古式に則って火打石を使って新しい火をきり出すことから始まります。きり出された火で元旦の食事を調理すると1年間無病息災のご利益があると言われています。
北野天満宮では大晦日に人形(ひとがた)を使って、身につけた罪や穢れを祓い清める大祓(おおはらえ)・今年の無事を奉告し、新年の平穏を祈る除夜祭(じょやさい)も行われます。

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