五山送り火・大文字

大文字

五山送り火・大文字(スポット・・・)情報を紹介しています。大文字は8月16日20:00から点火されます。大文字には平安時代初期に弘法大師・空海が始めたという説、室町時代中期に室町幕府8代将軍・足利義政が始めたとする説、江戸時代初期に近衛信尹が始めたという説があります。なお大文字がある大文字山は標高約465メートルです。

【五山送り火・大文字 日程時間(要確認)】
五山送り火・大文字は8月16日20:00から点火されます。大文字が見られる時間は20:00頃~20:30頃です。
五山送り火2018(スポット・穴場・日程・・・)
五山送り火(スポット・穴場・・・)

【五山送り火・大文字 マップ・地図】
場所・・・京都府京都市左京区浄土寺・大文字山(如意ヶ嶽)

スポンサーリンク


【五山送り火・大文字 鑑賞スポット】
五山送り火・大文字がよく見える鑑賞スポットは次の通りです。
●鴨川(加茂川)堤防の西側(御薗橋から丸太町橋の間)
●出町柳の三角州周辺
●吉田山公園
●竹中稲荷神社
●京都御苑(蛤御門・清和院御門付近など)
●清浄華院
●船岡山公園

【五山送り火・大文字 大きさ】
五山送り火・大文字は一画が長さ約80メートル・二画が長さ約160メートル・三画が長さ約120メートル
大文字の一画には火床19基・二画には火床29基・三画には火床27基があります。(大文字の火床は合計75基です。)
火床には薪600束・松葉100束・麦わら100束が使われるそうです。
大文字ではかつて杭を打って松明を結んでいました。現在は土盛りで大谷石を設置し、その上に薪を井桁に約1.3メートル組み上げています。

【五山送り火・大文字 歴史・簡単概要】
五山送り火・大文字(だいもんじ)・右大文字は起源が明確ではありません。大文字には平安時代初期に真言宗の開祖である弘法大師・空海が始めたという説、室町時代中期に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)が始めたとする説、江戸時代初期に公家・近衛信尹(このえのぶただ)が始めたという説があります。
●大文字・空海説は浄土寺(じょうどじ)が火災に見舞われた際、本尊・阿弥陀仏が山上に飛翔して光明を放ったとされ、その光明を真似た儀式を弘法大師(こうぼうだいし)・空海が大の字に改めたというものです。なお浄土寺は足利義政が銀閣寺を造営した際に相国寺(しょうこくじ)の西に移されたが、その後廃絶しました。
●大文字・足利義政説は義政が1489年(長享3年)の近江の合戦中(六角高頼の討伐中)に亡くなった実子で、室町幕府9代将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)の冥福を祈る為に始め、相国寺の住持・横川景三(おうせんけいさん)が指導し、義政の家臣・芳賀掃部(はがかもん)が大の字に定めたというものです。なお義政は大文字近くの浄土寺跡に1482年(文明14年)から銀閣寺(東山殿)の造営を始めました。
●大文字・近衛信尹説は1662年(寛文2年)に発行された「案内者(あんないしゃ)」に「大文字は三藐院信尹(近衛信尹)殿の筆画にて」と書かれているというものです。なお近衛信尹は二条昭実との関白の地位を巡る関白相論(かんぱくそうろん)により、豊臣秀吉に関白就任の口実を与えたと言われています。
*参考・・・五山送り火・大文字/a>・五山送り火・大文字wikipedia

【五山送り火・大文字 保存会】
大文字保存会は浄土院(じょうどいん)の檀家による世襲です。
浄土院・大文字寺は平安時代中期に天台寺門宗の宗祖である智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)が創建し、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失した浄土寺があった場所です。浄土院は享保年間(1716年~1736年)に泰誉浄久(たいよじょうきゅう)が浄土寺跡に草堂を再建し、浄土院と名付けました。その後1732年(享保17年)に随誉(ずいよ)が伽藍を再建しました。
浄土院(アクセス・・・)五山送り火・大文字

大文字保存会・・・京都府京都市左京区浄土寺七廻り町1

【五山送り火・大文字 備考】 
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
妙法・五山送り火船形・五山送り火左大文字・五山送り火鳥居形・五山送り火
*上記で紹介している場所では地理的条件の変化により、見られなくなっている場合もあります。

関連記事

ページ上部へ戻る