妙心寺

妙心寺

妙心寺を観光するなら歴史的に関係が深い妙心寺の塔頭である龍安寺(りょうあんじ)・退蔵院(たいぞういん)・桂春院(けいしゅんいん)・大心院(だいしんいん)も一緒に回るのもいいかもしれません。ただ龍安寺などは妙心寺から少し距離がある為、拝観には注意が必要になります。なお妙心寺には通常非公開の塔頭である東林院・衡梅院・慧照院・春光院・隣華院・雲祥院・玉鳳院・光国院・金牛院・天球院・麟祥院・海福院・雑華院・金台寺・西源院・春浦院・寿聖院・聖澤院・慈雲院・仙寿院・智勝院・多福院・大龍院・大雄院・大通院・大珠院・東海庵・通玄院・天祥院・天授院・長興院・福寿院・蟠桃院・如是院・徳雲院・養徳院・霊雲院・養源院・龍泉庵・龍華院・霊光院・大法院・長慶院・玉竜院もあります。

【妙心寺・塔頭 基本情報】
妙心寺(アクセス・見どころ・・・)情報
妙心寺の塔頭・龍安寺(アクセス・見どころ・・・)情報
妙心寺の塔頭・退蔵院(アクセス・見どころ・・・)情報
妙心寺の塔頭・桂春院(アクセス・見どころ・・・)情報
妙心寺の塔頭・大心院(アクセス・見どころ・・・)情報

【妙心寺・塔頭 マップ・地図】

【妙心寺 歴史・簡単概要】
妙心寺(みょうしんじ)は花園上皇(第95代・花園天皇)の花園御所(離宮・萩原殿)があった場所です。妙心寺は1335年(建武2年)に花園上皇が落飾して法皇になり、花園御所を禅寺に改めることを発願したのが起源です。ただ1337年(建武4年)に花園法皇の禅の師である大燈国師(だいとうこくし)・宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が亡くなった為、1342年(興国3年)に宗峰妙超が推挙した高弟・関山慧玄(かんざんえげん)が美濃から京に戻ってから開山になりました。1398年(応永5年)に室町幕府3代将軍・足利義満の祈願所になったが、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって伽藍の多くが焼失しました。1477年(文明9年)に妙心寺の六祖と言われる雪江宗深(せっこうそうしん)が第103代・後土御門天皇の勅と室町幕府管領・細川勝元(ほそかわかつもと)親子らの援助によって再興しました。
妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山です。
*参考・・・妙心寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ妙心寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

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【龍安寺 歴史・簡単概要】
龍安寺(りょうあんじ)・竜安寺は984年(永観元年)に創建され、四円寺(円教寺・円乗寺・円宗寺)に数えられた第64代・円融天皇の御願寺・円融寺があった場所です。またその後左大臣・藤原実能(ふじわらのさねよし)が山荘を営み、徳大寺を創建した場所です。龍安寺は1450年(宝徳2年)に室町幕府管領・細川勝元(ほそかわかつもと)が権大納言・徳大寺公有(とくだいじきんあり)から山荘を譲り受け、妙心寺5世・義天玄詔(ぎてんげんしょう)を開山、玄詔の師である妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)を勧請開山として創建しました。しかし勝元が東軍総大将になった応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、1488年(長享2年)に勝元の子・細川政元(ほそかわまさもと)が中興の祖・特芳禅傑(とくほうぜんけつ)とともに再興し、方丈が再建・石庭が作庭されたと言われています。龍安寺には勝元夫妻と政元の墓が残されています。なお龍安寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
龍安寺は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
龍安寺歴史年表
*参考・・・龍安寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ龍安寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【退蔵院 歴史・簡単概要】
退蔵院(たいぞういん)は1404年(応永11年)に越前の豪族・波多野出雲守重通(はたのいずものかみしげみち)が妙心寺第3世・無因宗因(むいんそういん)を開山として千本通松原に創建したのが起源です。その後妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)が妙心寺内の霊雲院の東に移しましたと言われているが、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって妙心寺とともに焼失しました。1597年(慶長2年)に妙心寺34世で、中興の祖・亀年禅愉(きねんぜんゆ)が現在の場所に再建し、1602年(慶長7年)に現在の方丈が建立されと言われています。1966年(昭和41年)に庭園・余香苑(よこうえん)が作庭されました。なお退蔵には「価値あるものをしまっておく」という意味があり、陰徳を積み重ね、内に秘めながら布教することを示しているそうです。
退蔵院は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
*参考・・・退蔵院(アクセス・歴史・・・)ホームページ退蔵院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【桂春院 歴史・簡単概要】
桂春院(けいしゅんいん)は1598年(慶長3年)織田信忠(おだのぶただ)の次男・秀則(ひでのり)が妙心寺73世・水庵宗掬(すいあんそうきく)を開祖として、創建したと言われています。当初は見性院(けんしょういん)という名称でした。その後1632年(寛永9年)石川貞政(いしかわさだまさ)が父・光政(みつまさ)の50年忌の追善供養の為に見性院を得て、名称を桂春院に改めました。なお桂春院の名称は石川貞政の両親の法名「天仙守桂大禅定門」の「桂」と「裳院妙春大姉」の「春」に由来しています。
桂春院は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
*参考・・・桂春院(アクセス・歴史・・・)ホームページ

【大心院 歴史・簡単概要】
大心院(だいしんいん)は1492年(明応元年)室町幕府の管領・細川政元が妙心寺10世・景堂(けいどう・げんどう)を開山として創建しました。その後応仁の乱の兵火によって焼失したが、再建されました。天正年間に細川幽斎によって現在の場所に移され、妙心寺の塔頭になりました。その後大心院は宿坊になり、現在も一般に開放されています。
大心院は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
*参考・・・大心院(アクセス・歴史・・・)ホームページ

【妙心寺山門懺法会 歴史・簡単概要】
妙心寺山門懺法会(さんもんざんほうえ)では日頃知らず知らずの内に犯している自らの過ちを懺悔する仏事です。山門懺法会では本尊である観世音菩薩(円通大士坐像)・善財童子・月蓋長者・十六羅漢が祀られている山門の楼上に集まって法要を行います。山門懺法会では普段非公開の山門内部が特別拝観できます。なお山門懺法会は毎年6月18日に行われます。

【妙心寺 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
妙心寺見どころ

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