山科義士まつり2015/12/14

山科義士まつり

山科義士まつり2015は京都の初冬の風物詩です。山科義士まつりは毎年赤穂浪士が討ち入りした12月14日に行われます。山科義士まつりは赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助が赤穂藩取り潰し後から討ち入りに江戸に向かうまでの期間、山科に移り住んだ史実に因んで行われています。

【山科義士まつり2015 日程時間(要確認)】
山科義士まつり2015は2015年(平成27年)12月14日(月曜日)10:00から行われます。なお義士隊の行列は毘沙門堂を10:00に出発し、瑞光院(10:20頃)・ラクトB棟大丸(10:40頃着・10:55頃発)・東部文化会館(11:45頃~13:30頃)・山科区役所・岩屋寺(14:05頃)を経由し、大石神社に14:30頃到着する予定です。

【山科義士まつり2015・毘沙門堂 アクセス・地図】
場所・・・京都府京都市山科区安朱稲荷山町18
最寄り駅・バス停・・・山科駅(徒歩約20分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からはJR東海道本線

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【山科義士まつり 歴史・簡単概要】
山科義士まつり(やましなぎしまつり)は赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしお)が赤穂藩取り潰し後の1701年(元禄14年)6月から吉良邸への討ち入りに江戸に向かった1702年(元禄15年)10月までの期間、山科に移り住んだ史実に因んで、1974年(昭和49年)から行われています。大石内蔵助は親戚の進藤源四郎を頼り、山科に隠棲することに決めたとも言われています。なお山科義士まつりでは赤穂義士に扮した義士隊の行列などが山科(毘沙門堂・瑞光院・岩屋寺・大石神社など)を練り歩いたり、京都市東文化会館で討ち入り・松の廊下などのパフォーマンス(芝居)が行われたりします。また大石神社では大石音頭などが披露されたりもします。
赤穂事件は1701年(元禄14年)3月14日、赤穂藩藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介に江戸城松の大廊下で斬り掛かったことが発端です。内匠頭は即日切腹となり、赤穂藩も取り潰しが決定しました。なお切り掛かった理由は「この間の遺恨」で、具体的な理由は明確ではありません。
吉良邸への討ち入りは1702年(元禄15年)12月14日に行われました。討ち入り後は吉良の首を泉岳寺の内匠頭の墓前に供えました。その後赤穂義士は一時お預けになったが、1703年(元禄16年)2月4日に切腹となりました。なお赤穂義士は内匠頭と同じ泉岳寺に埋葬されました。

【毘沙門堂 歴史・簡単概要】
毘沙門堂(びしゃもんどう)・毘沙門堂門跡は寺伝によると703年(大宝3年)に僧・行基(ぎょうき・ぎょうぎ)が第42代・文武天皇の勅願により、護法山出雲寺を上京区出雲路に創建したのが起源と言われています。1160年(平治元年)の平治の乱で焼失して荒廃したが、鎌倉時代初期に平親範(たいらのちかのり)が平家ゆかりの3つの寺院を合寺して再興しました。その後度々移ったり、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって焼失し、1665年(寛文5年)に天海大僧正(てんかいだいそうじょう)とその弟子・公海大僧正(こうかいだいそうじょう)が現在の場所に移して再興しました。その後第111代・後西天皇の皇子・公弁法親王(こうべんほっしんのう)が入寺し、門跡寺院になりました。なお本尊である毘沙門天は天台宗の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄が延暦寺・根本中堂の本尊・薬師如来の余材を自ら刻んだと言われています。
毘沙門堂は天台宗の寺院です。
*参考・・・毘沙門堂(アクセス・歴史・・・)ホームページ毘沙門堂(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【瑞光院 歴史・簡単概要】
瑞光院(ずいこういん)は朝野稲荷が祀られていた場所でした。1613年(慶長18年)因幡若桜城主・山崎家盛(やまざきいえもり)が大徳寺・琢甫宗林(たくほそうりん)を開山として、創建しました。家盛の死後は家盛の法号に因んで瑞光院と号し、大徳寺の塔頭になりました。その後元禄年間に2世・陽甫が播州赤穂城主・浅野長矩(あさのながのり)の夫人・瑤泉院(ようぜんいん)の親戚だったこともあり、浅野家の祈願寺になりました。なお1962年(昭和37年)に現在の場所に移りました。
瑞光院は臨済宗大徳寺派の寺院です。
*参考・・・瑞光院

【岩屋寺 歴史・簡単概要】
岩屋寺(いわやじ)・大石寺は897年(寛平9年)宇多天皇の勅命によって山科神社が創建され、その神宮寺として創建されたと言われています。岩屋寺は当初天台宗の寺院で、比叡山三千坊のひとつだったと言われています。その後長期間荒廃し、嘉永年間に京都町奉行・浅野長祚(あさのながとし)らの寄付により、再興されました。なお大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は大石家の親族で、近衛家家臣・進藤長之の支援があり、山科に移り住んだと言われています。
岩屋寺は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・岩屋寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ岩屋寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【大石神社 歴史・簡単概要】
大石神社(おおいしじんじゃ)は昭和初期に赤穂義士を崇拝していた浪曲師・吉田大和之丞(吉田奈良丸)が大石内蔵助(おおいしくらのすけ)ゆかりの土地に神社を造営することを計画したのが起源です。その後1935年(昭和10年)府知事を会長とする大石神社建設会が社殿を造営し、討入の為の武器を納入した天野屋利兵衛(あまのやりへえ)を祀る義人社も造られました。なお大石内蔵助は1701年(元禄14年)7月から1702年(元禄15年)9月まで親類・進藤源四郎(しんどうげんしろう)の世話により、大石神社近くに住居を構えていました。
*参考・・・大石神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ大石神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【山科義士まつり2015 備考】*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。(画像募集中・コンタクト参照)
山科義士まつり2015では子ども義士隊も参加します。
毘沙門堂(アクセス・見どころ・・・)情報
瑞光院(アクセス・見どころ・・・)情報
岩屋寺(アクセス・見どころ・・・)情報
大石神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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