本能寺見どころ

本能寺

本能寺見どころを簡単に分かりやすくまとめて紹介しています。(修学旅行から一人旅まで)本能寺見どころ・大宝殿宝物館には1582年(天正10年)6月21日(旧暦の6月2日)の本能寺の変の前夜、蛙が突然に鳴き、織田信長に異変を知らせたという伝承が残されている三足の蛙(香炉)などの文化財が展示・公開されています。

【本能寺見どころ以外の情報】
本能寺基本情報

【本能寺見どころ 歴史・簡単概要】
本能寺(ほんのうじ)は1415年(応永22年)に日隆聖人(にちりゅうしょうにん)が妙本寺(みょうほんじ)5世・月明上人と対立して妙本寺(後の妙顕寺(みょうけんじ))を去り、油小路高辻と五条坊門の間に本応寺を創建したのが起源です。その後妙本寺5世・月明上人によって破却され、1429年(永享元年)に小袖屋宗句(山本宗句)の援助によって西陣付近に再建され、1433年(永享5年)に如意王丸を願主に六角大宮に本能寺を建立しました。1536年(天文5年)の天文法華の乱によって焼失し、1545年(天文14年)に第12代貫首・日承聖人(にちじょうしょうにん)が四条西洞院に再建しました。1582年(天正10年)の明智光秀による本能寺の変によって焼失し、1591年(天正19年)に関白・豊臣秀吉の命によって現在の場所に移り、第14代貫首・日衍聖人(にちえんしょうにん)が再建しました。

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【本能寺見どころ 本堂】
本堂は登録有形文化財です。本堂は約178坪(587.4平方メートル)で、総けやき造りです。本堂は京大教授で、建築史家の天沼俊一(あまぬましゅんいち)が設計し、室町時代の建物を再現しています。本堂は1864年(元治元年)の蛤御門の変(はまぐりごもんのへん・禁門の変(きんもんのへん))によって焼失し、1928年(昭和3年)に再建されました。なお本堂は木造平屋建の本瓦葺です。
(本能寺見どころ 本堂豆知識)
●本堂は七間四方で、内陣は五間四方です。
●本堂は日蓮聖人(にちれんしょうにん)・日朗(にちろうしょうにん)・日隆(にちりゅう)・織田信長の位牌などが祀っています。

【本能寺見どころ 表門】
表門は登録有形文化財です。表門は間口約4.9メートルの薬医門で、左右に袖塀が付いています。表門は1871年(明治4年)に建てられた恭明院の門が1880年(明治13年)に移されました。なお表門は瓦葺です。

【本能寺見どころ 信長公御廟所拝殿】
信長公御廟所拝殿は登録有形文化財です。信長公御廟所拝殿は本堂の南側にあります。信長公御廟所拝殿は1928年(昭和3年)頃に再建されました。なお信長公御廟所拝殿は木造平屋建の銅板葺です。
(本能寺見どころ 信長公御廟所豆知識)
●かつての信長公廟は1582年(天正10年)に織田信長の三男・織田信孝(おだのぶたか・神戸信孝)が本能寺の変から1か月後の7月3日に建立したとも言われています。公廟には信長の太刀が納められたそうです。

【本能寺見どころ 大宝殿宝物館】
大宝殿宝物館(だいほうでんほうもつかん)では破却・兵火・火災などを潜り抜けた三足の蛙(香炉)・梅樹雉雀文様銅鏡(ばいじゅきじすずもんようどうきょう)・建盞天目茶碗(けんさんてんもくぢゃわん)などの文化財を展示・公開しています。なお大宝殿宝物館は1998年(平成10年)に建築されました。なお大宝殿宝物館は鉄筋コンクリート4階で、5層には宝形堂があります。
(本能寺見どころ 大宝殿宝物館豆知識)
●三足の蛙には本能寺の変の前夜、蛙が突然に鳴き、織田信長に異変を知らせたという伝承が残されています。
●梅樹雉雀文様銅鏡は重要文化財です。

【本能寺見どころ 臥牛石】
臥牛石(がぎゅうせき)は本堂前にあります。臥牛石は肥後熊本藩初代藩主・加藤清正(かとうきよまさ)が寄進したとも言われています。臥牛石は加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったとも言われています。なお臥牛石は緑泥片岩(りょくでいへんがん)です。

【本能寺見どころ 火伏せの銀杏】
火伏せの銀杏は本能寺の変の後に移されてきたと言われています。火伏せの銀杏は高さ約30メートル・幹周り約5メートルです。火伏せの銀杏は1788年(天明8年)の天明の大火の際に木から水を噴出し、寺町三条界隈の人々を火災から救い、火伏せの銀杏と言われるようになったそうです。
●火伏せの銀杏は1864年(元治元年)の蛤御門の変の際も木から水を噴出し、近くの塔頭・龍雲院(りょううんいん)だけが焼失を免れました。

【本能寺見どころ 信長公忌】
毎年6月2日に信長公忌(のぶながこうき)を行っています。信長公忌ではは織田信長の命日に信長を偲びます。信長公忌ではイベントが行われることもあります。(要確認)
信長公忌・本能寺見どころ

【本能寺見どころ 放生会】
毎年9月15日に放生会(ほうじょうえ)を行っています。放生会では本堂での法要終了後、三条大橋南側の鴨川の河川敷に移動して、ドジョウ・フナなどの川魚を鴨川に放します。(要確認)
(本能寺見どころ 放生会豆知識)
●放生会は明治時代初期まで境内の放生池で行われていたそうです。
放生会・本能寺見どころ

【本能寺見どころ 塔頭】
本能寺には恵昇院(えしょういん)・蓮承院(れんじょういん)・本行院・(ほんぎょういん)源妙院(げんみょういん)・龍雲院(りょううんいん)・定性院(じょうしょういん)・高俊院(こうしゅんいん)の7つの塔頭があります。なお塔頭(たっちゅう)は祖師や高僧の死後、その弟子が祖師・高僧を慕って寄り沿うように創建した小さな寺院です。
(本能寺見どころ 塔頭豆知識)
●恵昇院は1574年(天正2年)久成坊隆詠上人が創建しました。恵昇院は牡丹を像った瓦など牡丹にゆかりがあり、牡丹坊とも言われているそうです。
恵昇院・本能寺見どころ
●蓮承院は浄運院日順上人が創建しました。蓮承院の名称は日蓮聖人の「蓮」と日承聖人の「承」に由来しているとも言われています。
蓮承院・本能寺見どころ
●本行院は第12世・伏見宮日承聖人が創建しました。
●源妙院は第13世・日堯聖人が創建しました。
●龍雲院は龍雲院日政大徳が創建しました。なお1864年(元治元年)の蛤御門の変では龍雲院以外の本能寺とその塔頭の建物は全て焼失しました。
龍雲院・本能寺見どころ

【本能寺見どころ 本能寺跡】
本能寺跡(ほんのうじあと)は1582年(天正10年)6月21日(旧暦の6月2日)の明智光秀による本能寺の変で織田信長が寺に火を放って自害した場所です。本能寺跡は中京区小川通蛸薬師元本能寺町にあり、現在老人ホームなどの施設になっています。西側には石碑が建てられています。
(本能寺見どころ 本能寺跡豆知識)
●発掘調査により、堀跡の屁泥の中からは焼けたと思われる瓦が見つかりました。また堀には堅固な石垣が積まれていたことも分かりました。
●「信長公記(しんちょうこうき)」によると織田信長は蘭丸(森成利)に「こは謀反か。如何なる者の企て。」と尋ね、物見から戻った蘭丸が「明智が者と見え申し候。」と報告すると信長は「是非に及ばず。(やむおえぬ)」と言ったと言われています。
本能寺跡・本能寺見どころ

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