下鴨神社歩射神事2017/5/5

歩射神事

歩射神事2017は京都の春の風物詩です。歩射神事は毎年5月5日に行われています。歩射神事は5月15日に行われる葵祭に先立って、葵祭の沿道を弓矢を使って祓い清める魔よけの神事です。なお歩射神事では鎌倉時代から続く小笠原流による百手式(ももてしき)も行われます。(詳細下記参照)

【歩射神事2017 日程(要確認)】
歩射神事2017は2017年(平成29年)5月5日(金曜日)11:00から行われます。

【歩射神事2017・下鴨神社 アクセス・地図】
場所・・・京都府京都市左京区下鴨泉川町59
最寄り駅・バス停・・・下鴨神社前(徒歩すぐ)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から下鴨神社は4系統(A2乗り場)、205系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、205系統
*河原町丸太町からは4系統、205系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄鴨東線の場合、最寄り駅は出町柳駅(徒歩約10分)

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【歩射神事 歴史・簡単概要】
下鴨神社歩射神事(ぶしゃしんじ)は5月15日に行われる葵祭に先立って、葵祭の沿道を弓矢を使って祓い清める魔よけの神事です。
歩射神事では先ず本殿で神事を行います。その後楼門の屋根を越えるように鏑矢(かぶらや)を放つ屋越式(やごししき)が行われます。鏑矢の先には音の鳴る蟇目鏑(ひきめかぶら)が付けられ、葵祭で勅使が通る楼門の邪気を祓います。その後楼門と舞殿の間に設置された長さ約50メートルの射場で、鎌倉時代から続く小笠原流により、前弓(まえゆみ)・中弓(なかゆみ)・後弓(あとゆみ)の3組に分かれて、一人各々2本の矢を射る百手式(ももてしき)が行われます。
歩射神事は平安時代に宮中で行われていた射礼の儀(じゃらいのぎ)が起源とも言われています。射礼の儀では天皇臨席の元で射技を披露したそうです。なお射礼の儀は中国から伝わったそうです。
小笠原流は室町幕府奉公衆・京都小笠原氏による武家故実・弓術・馬術・礼法の流派です。弓術・馬術は鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の家臣・小笠原長清によって創始され、孫・小笠原貞宗が大成させました。礼法は室町幕府3代将軍・足利義満を指南した小笠原長秀が定め、礼法書「三議一統」を記しました。
楼門は重要文化財で、1628年(寛永5年)に造営されました。なお楼門は檜皮葺の入母屋造です。なお楼門は高さ約30メートルです。

【下鴨神社 歴史・簡単概要】
下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は起源が明確ではありません。下鴨神社は社伝によると神武天皇の御代に比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が降臨したのが起源と言われています。また下鴨神社は紀元前90年(崇神天皇7年)に瑞垣の修造の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。その後544年(欽明天皇5年)に賀茂祭(葵祭)が始まり、678年(天武天皇7年)には社殿が造営されたと言われています。794年(延暦13年)平安京遷都の際、王城鎮護の神になり、桓武天皇が初めて行幸しました。806年(大同元年)賀茂祭が勅祭になり、807年(大同2年)に正一位に叙され、810年(大同5年)には賀茂斎院が置かれ、嵯峨天皇の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕えました。なお下鴨神社は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
下鴨神社は上賀茂神社(賀茂別雷神社)とともに古代氏族の賀茂氏の氏神を祀る神社です。
*参考・・・下鴨神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ下鴨神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【歩射神事2017 備考】*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。(画像募集中・コンタクト参照)
歩射神事2017は葵祭2017の関連行事です。
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