真如堂紅葉見ごろ

真如堂紅葉

真如堂紅葉(見ごろ・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。真如堂は石畳の参道の両側などにモミジ・イチョウなどが植えられ、紅葉と高さ約30メートルの三重塔・本堂などの光景が素晴らしいと言われています。参道に現れる紅葉のトンネルや紅葉が見ごろを過ぎた頃に現れる本堂裏の散りモミジも見どころです。(詳細下記参照)

【真如堂紅葉見ごろ 2018年(要確認)】
真如堂紅葉は例年11月中旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2018年の紅葉の見ごろ情報は9月上旬頃から情報発信する予定です。
京都紅葉見ごろ2018

【真如堂紅葉・真如堂 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区浄土寺真如町82
最寄り駅・バス停・・・真如堂前(徒歩約8分)、錦林車庫前(徒歩約8分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から真如堂は5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統、32系統、203系統
*四条烏丸からは5系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【真如堂紅葉見ごろ・見どころ】
真如堂は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃に見ごろを迎えます。真如堂は石畳の参道の両側などにモミジ・イチョウなどが植えられ、紅葉と高さ約30メートルの三重塔・本堂などの光景が素晴らしいと言われています。参道に現れる紅葉のトンネルや紅葉が見ごろを過ぎた頃に現れる本堂裏の散りモミジも見どころです。ちなみに本堂前の井戸脇にある「花の木」は先端から赤・黄・緑と見事に染め分けるそうです。
三重塔(京都府の文化財)は宝暦年間(1751年~1763年)に建立され、1817年(文化14年)に再建されました。三重塔にはかつて四天王像が安置されていました。なお三重塔は本瓦葺です。
本堂は1693年(元禄6年)から1717年(享保2年)に掛けて建立されました。本堂正面の宮殿には本尊である阿弥陀如来・不動明王(安倍晴明の念持仏)・千手観音が安置されています。なお本堂は入母屋造・本瓦葺です。
「花の木」はカエデ科カエデ属の落葉高木であるハナノキです。ハナノキは日本の固有種で、長野県南部・岐阜県南部・愛知県北東部の県境などに自生しています。「花の木」は1976年(昭和51年)に京都巨樹名木に指定されました。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【真如堂 歴史・簡単概要】
真如堂(しんにょどう)・真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)は984年(永観2年)に比叡山の僧・戒算上人(かいさんしょうにん)が夢告により、比叡山・常行堂の本尊・阿弥陀如来(第3代天台座主の慈覚大師・円仁作)を第64代・円融天皇の女御で、第66代・一条天皇の生母である藤原詮子(東三条院)の女院離宮があった現在の場所に安置したのが起源と言われています。真如堂は一条天皇の勅願寺となり、不断念仏の道場として、浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)や浄土真宗の開祖・親鸞聖人(しんらんしょうにん)などの念仏行者や民衆から信仰されました。特に女性から深く信仰されたそうです。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火や度重なる火災によって焼失したり、足利将軍家や関白・豊臣秀吉の命によって度々移ったりしたが、1693年(元禄6年)に第113代・東山天皇の勅により、現在の場所に再建されました。
真如堂は天台宗の寺院です。
*参考・・・真如堂(アクセス・歴史・・・)ホームページ真如堂(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【真如堂紅葉 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
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京都紅葉ライトアップ2018

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