義照稲荷社御火焚祭2017/11/23

義照稲荷社御火焚祭

御火焚祭2017は京都の秋の風物詩です。御火焚祭は毎年11月23日に行われます。御火焚祭では先ず神職による祝詞奏上・玉串奉奠などの神事が行われます。その後義照稲荷社の忌火(いみび)によって護摩壇に点火し、氏子などの願いが込められた火焚串(護摩木)を焚き上げ、無病息災・火難除けなどの祈願成就を願います。(詳細下記参照)

【御火焚祭2017 日程時間(要確認)】
御火焚祭2017は2017年(平成29年)11月23日(木曜日)11:00から行われます。

【御火焚祭2017・建勲神社 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市北区紫野北舟岡町49
最寄り駅・バス停・・・建勲神社前(徒歩約3分)、船岡山(徒歩約10分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から建勲神社は205系統(B3乗り場)、206系統(A3乗り場)
*四条河原町からは12系統、205系統
*四条烏丸からは12系統
*河原町丸太町からは204系統、205系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【御火焚祭 歴史・簡単概要】
義照稲荷社(建勲神社)御火焚祭(おひたきさい)は秋の収穫・五穀豊穣に感謝します。
御火焚祭は大鳥居前で、義照稲荷社に通じる階段下に設けられた斎場で行われます。御火焚祭では先ず神職による祝詞奏上・玉串奉奠などの神事が行われます。その後義照稲荷社の忌火(いみび)によって護摩壇に点火し、氏子などの願いが込められた火焚串(護摩木)を焚き上げ、無病息災・火難除けなどの祈願成就を願います。
火焚祭は宮中で古くから行われている新嘗祭(にいなめさい)が起源とも言われています。新嘗祭では11月23日に天皇が五穀の新穀を全ての神々である天神地祇(てんじんちぎ)に供え、自らも食して収穫に感謝しました。新嘗祭は宮中三殿の近くの神嘉殿で行われていたそうです。新嘗祭は室町時代に民間にも広まり、竃(かまど)の神の祭り・火の神の祭りへと転化していたそうです。

【義照稲荷社 歴史・簡単概要】
義照稲荷社(よしてるいなりしゃ)は建勲神社の末社です。義照稲荷社は奈良時代に渡来系氏族・秦氏が五穀豊饒などの為に祀ったと言われ、稲荷信仰の発祥の地とも言われているそうです。なお義照稲荷社は衣食の神である宇迦御霊大神(うかのみたまのおおかみ)・国土安泰や住居安全の神である国床立大神(くにとこたちのおおかみ)・迷う者や苦しむ者を正しい方向に向ける指導の神である猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を祀っています。またお稲荷さんのお使い(眷族(けんぞく)・神使(しんし)・祭神の使者)であるきつね(狐)が置かれています。

【建勲神社 歴史・簡単概要】
建勲神社(たけいさおじんじゃ・けんくんじんじゃ)・建勲さんは1869年(明治2年)明治天皇が戦国時代の天下統一や朝儀復興などの事業を進めた織田信長(おだのぶなが)の偉勲を称える為、健織田社(たけしおりたのやしろ)の創建を決定したのが起源です。翌年1870年(明治3年)明治天皇から神号・建勲神社を賜り、1875年(明治8年)に別格官幣社に列せられ、船岡山を賜りました。その後1880年(明治13年)に新たな社殿を造営して、信長の嫡子・信忠(のぶただ)を配祀し、1910年(明治43年)には船岡山の山麓から山頂に移りました。なお建勲神社の前身は信長の子孫で、天童藩知事・織田信敏の東京邸内に造営された建勲社(たけいさおしゃ)です。
*参考・・・建勲神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ建勲神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【御火焚祭2017 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。(画像募集中・コンタクト参照)
建勲神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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