醍醐寺豊太閤花見行列2017/4/9

醍醐寺

豊太閤花見行列2017は京都の春の風物詩です。豊太閤花見行列は毎年4月の第2日曜日に行われています。豊太閤花見行列では安土桃山時代の装束を身に着け、豊臣秀吉・福島正則・京極高次・義演僧正・北政所・淀殿などに扮した約200人が境内を練り歩きます。(詳細下記参照)

【豊太閤花見行列2017 日程(要確認)】
豊太閤花見行列2017は2017年(平成29年)4月9日(日曜日)13:00~15:00まで行われます。

【豊太閤花見行列2017・醍醐寺 アクセス・地図】
場所・・・京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
最寄り駅・バス停・・・醍醐寺(徒歩すぐ)、醍醐寺前(徒歩すぐ)

京阪バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅八条口から醍醐寺は山急醍醐寺行き
*京阪六地蔵駅からは22系統、22A系統
*四条河原町・五条京阪からは86号系統、86B系統
京阪バス・アクセスダイヤ

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は醍醐駅(徒歩約10分)

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【豊太閤花見行列2017・三宝院 アクセス】
三宝院・豊太閤花見行列2017

【豊太閤花見行列 歴史・簡単概要】
醍醐寺豊太閤花見行列(ほうたいこうはなみぎょうれつ)は1598年(慶長3年)に関白・豊臣秀吉が行った「醍醐の花見(だいごのはなみ)」に由来する行事です。秀吉は畿内から700本の桜の木を集め、醍醐寺の子院・三宝院(さんぼういん)の建物と庭園を造営し、3月15日(新暦の4月20日)に秀頼・北政所・淀殿・松の丸殿・諸大名など約1300人による一日だけの「醍醐の花見」を行いました。ちなみに秀吉はその年の8月18日(新暦の9月18日)に亡くなりました。なお豊太閤花見行列が行われる醍醐寺は平安時代から「花の醍醐」と言われる桜の名所で、嵐山・仁和寺(御室桜)などとともに日本さくら名所100選にも選ばれています。
豊太閤花見行列では桃山時代の装束を身に着け、豊臣秀吉・福島正則・京極高次・義演僧正・北政所・淀殿などに扮した約200人が境内を練り歩きます。また豊太閤花見行列では特設舞台が設置され、雅楽・今様・狂言・花見踊りなども奉納されます。なお豊太閤花見行列は醍醐寺の子院・三宝院からスタートします。
醍醐寺には現在枝垂桜・山桜・染井吉野など1,000本の桜が植えられ、例年4月上旬頃に見頃を迎えます。豊太閤花見行列は少し見頃を過ぎているかもしれません。

【三宝院 歴史・簡単概要】
三宝院は1115年(永久3年)に醍醐寺14代座主・勝覚(しょうか)が創建し、灌頂院(かんじょういん)と称したのが起源です。その後仏教の三宝に因んで、名称が三宝院に改められ、1143年(康治2年)に鳥羽上皇(第74代・鳥羽天皇)の御願寺になりました。

【醍醐寺 歴史・簡単概要】
醍醐寺(だいごじ)は874年(貞観16年)弘法大師・空海の孫弟子である理源大師(りげんだいし)・聖宝(しょうぼう)が横尾明神(よこおみょうじん)の示現により、上醍醐山上で醍醐水の霊泉を得て小堂宇を建立し、准胝観音(じゅんていかんのん)・如意輪観音(にょいりんかんのん)を安置したのが起源です。当初私寺で、顕密兼学でした。その後907年(延喜7年)醍醐天皇の勅願寺になり、下醍醐に金堂・五重塔・三宝院・薬師堂が建立され、薬師堂に薬師三尊が造立され、913年(延喜13年)には上額寺になりました。1118年(元永元年)に最初の桜会が行われ、1598年(慶長3年)には関白・豊臣秀吉が三宝院裏の山麓で醍醐の花見を催しました。なお醍醐寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山です。
*参考・・・豊太閤花見行列・醍醐寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ豊太閤花見行列・醍醐寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【豊太閤花見行列2017 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。(画像募集中・コンタクト参照)
桜名所・醍醐寺(アクセス・見どころ・・・)情報
醍醐寺見どころ

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