金閣・金閣寺

金閣寺

金閣寺見どころ・金閣(舎利殿)を詳しく紹介します。なお金閣寺は西園寺公経が山荘を造営し、氏寺・西園寺を創建した場所です。1397年(応永4年)室町幕府3代将軍・足利義満が山荘を譲り受けて改築・新築し、北山第(北山殿)と名付け、1420年(応永27年)に禅寺に改められました。

【金閣寺見どころ・金閣以外の情報】
金閣以外の基本情報
金閣以外の情報(金閣寺歴史)
金閣以外の情報(金閣寺見どころ)

【金閣寺見どころ・金閣 概略】
金閣(舎利殿)は池泉回遊式庭園の中心である鏡湖池(きょうこち)の南側の畔にあります。金閣は木造三階建てで、一階は金箔が張られずに素木仕上げ、二階は外面が金箔張り、三階は外面・内部(床除く)が金箔張りです。
(金閣寺見どころ・金閣 概略豆知識)
●一階には宝冠釈迦如来像・足利義満像、二階には岩屋観音像・四天王像を安置しています

【金閣寺見どころ・金閣 歴史】
金閣は1398年(応永5年)に建立されたが、1950年(昭和25年)7月2日未明、21歳の学僧の放火により、足利義満坐像(国宝)などとともに焼失しました。その後政府などの補助金や寄付金などにより、明治時代の解体・修理の際に作成された図面・写真などの資料に基づき、1955年(昭和30年)に再建され、10月10日に落慶法要が営まれました。
(金閣寺見どころ・金閣 歴史豆知識)
●焼失した金閣には室町時代に造られた銅製の鳳凰(ほうおう)が南向きに取り付けられていたが、明治時代の解体・修理の際に尾が破損し、取り外されていました。その為第100代・後小松天皇筆の「究竟頂」の額とともに放火による焼失を免れました。

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【金閣寺見どころ・金閣 構造】
金閣は木造三階建て(二重三階)の楼閣建築で、一階が寝殿造り、二階が武家造り、三階が禅宗仏殿造りです。一階と二階が同じ大きさで、三階は一回り小さくなっています。金閣の屋根はこけら葺の宝形造です。
(金閣寺見どころ・金閣 構造豆知識)
●一階が法水院(ほうすいいん)、二階が潮音洞(ちょうおんどう)、三階が究竟頂(くっきょうちょう)と言われ、第100代・後小松天皇筆の「究竟頂」の額が残されています。

【金閣寺見どころ・金閣 金箔】
金閣が1955年(昭和30年)に再建された際、二階・三階に10センチ角の金箔が10万枚(2キロ)使用され、その後の昭和大修復では通常の金箔の5倍の厚さがある五倍箔が20万枚(20キロ)使用されました。なお1986年(昭和61)から1987年(昭和62年)までの昭和大修復では金箔の貼り替えや下地の漆の塗り替えだけでなく、天井画の復元なども行われ、約7億4千万円もの費用が掛かったと言われています。
(金閣寺見どころ・金閣 金箔豆知識)
●焼失した金閣は三階のみに金箔が残り、二階には金箔が残っていなかった。しかし明治時代の解体・修理の際、使用されなかった部材に金箔が残っていたことから二階の外面に金箔が張られたそうです。

【金閣寺見どころ・金閣 名称】
金閣が金閣と言われるようになったのは1484年(文明16年)以降のことです。それまでは舎利殿(しゃりでん)・重々殿閣・三重殿閣などと言われていたそうです。

【金閣寺見どころ・金閣 金閣の放火事件】
金閣の放火事件や放火した学僧の母親の投身自殺は社会に衝撃を与え、作家・三島由紀夫(みしまゆきお)の「金閣寺」や作家・水上勉(みずかみつとむ)の「五番町夕霧楼」・「金閣炎上」の題材にもなりました。
(金閣寺見どころ・金閣 金閣の放火事件豆知識)
●「金閣炎上」はノンフィクションです。

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