三十三間堂歴史

三十三間堂

三十三間堂歴史(三十三間堂の歴史)を紹介しています。(簡単歴史)三十三間堂は元々988年(永延2年)太政大臣・藤原為光が造営した私邸があった場所とも言われています。その後1165年(長寛2年)後白河上皇が平清盛に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に創建しました。

【三十三間堂歴史以外の情報】
三十三間堂歴史以外の情報
三十三間堂歴史以外の情報(見どころ)

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【三十三間堂歴史 年表】
(三十三間堂歴史・創建以前)
三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)・蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)は平安時代の988年(永延2年)太政大臣・藤原為光(ふじわらのためみつ)が造営した私邸があった場所とも言われています。

(三十三間堂歴史・後白河天皇の時代)
1156年(保元元年)第77代・後白河天皇が方違いの為、離宮・法住寺殿(ほうじゅうじどの)を造営したと言われています。その後1160年(永暦元年)後白河上皇が住し、蓮華王院御所とも言われました。

(三十三間堂歴史・創建)
1165年(長寛2年)後白河上皇が平清盛(たいらのきよもり)に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に鎮守寺・蓮華王院仏堂を建立しました。なお蓮華王院の名称は頭痛持ちの後白河上皇は前世が熊野の修行僧・蓮華坊で、その髑髏が熊野・岩田川に沈み、髑髏を貫いて柳が生え、風に揺られて柳が髑髏に当たることが頭痛の原因になっているという夢告に由来していると言われています。髑髏は観音像の頭に納めて祀られ、柳は棟木に使われたとも言われています。
1183年(寿永2年)木曽義仲が後白河法皇を襲撃し、離宮・法住寺殿は焼失しただが、三十三間堂は焼失を免れました。

(三十三間堂歴史・鎌倉時代)
1192年(建久3年)後白河法皇が亡くなり、遺命によって三十三間堂で葬儀が行われました。
1249年(建長元年)の建長の大火によって焼失し、1266年(文永3年)後嵯峨上皇が三十三間堂を再建しました。

(三十三間堂歴史・室町時代)
1433年(永享5年)室町幕府第6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)が修復し、1437年(永享9年)に参詣したと言われています。

(三十三間堂歴史・安土桃山時代)
1586年(天正14年)関白・豊臣秀吉が方広寺(東山大仏)を創建した際、三十三間堂も方広寺の境内に取り込まれ、土塀や門などが整備されたと言われています。なお秀吉没後の1598年(慶長3年)に方広寺が妙法院に管理され、三十三間堂も妙法院に属することになりました。

(三十三間堂歴史・江戸時代)
1600年(慶長5年)秀吉の子・豊臣秀頼の命により、千手観音の修復が行われたと言われています。
1606年(慶長11年)浅岡重間政が通し矢を行い、「天下惣一」の称号を得たと言われています。その後も通し矢が行われた記録が残っています。

【三十三間堂歴史 文化財】
●本堂は1249年(建長元年)の火災によって焼失し、1266年(文永3年)に再建されました。
●南大門は虹梁の刻銘から1600年(慶長5年)関白・豊臣秀吉の子・秀頼が再建したと言われています。
●太閤塀は関白・豊臣秀吉による方広寺・大仏殿の建立の際、秀吉が築造しました。
●本尊・千手観音坐像は1254年(建長6年)仏師・湛慶(たんけい)が82歳の時に造仏しました。本尊の左右10段の階段(1段に50体、合計1,000体)と本尊の背後に安置されている合計1,001体の千手観音立像は平安時代から室町時代に造仏されました。

【三十三間堂歴史 通し矢】
通し矢の起源は明確ではありません。通し矢は鎌倉時代に正月に行っていた射礼(じゃらい)が起源とも、室町時代末期に始まったとも言われています。

【三十三間堂歴史 妙法院】
妙法院(みょうほういん)は比叡山三千坊と言われる比叡山上にあった坊が起源と言われ、初代門主は伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄とされています。
三十三間堂歴史・妙法院

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