三千院節分会2017/2/3

三千院

節分会2017は京都の初春の風物詩です。節分会は毎年立春の前日に行われています。節分会では僧侶が般若心経を1年の日数分唱え、息災を祈願する日数般若心経讀誦(にっすうはんにゃしんぎょうどくじゅ)を行います。なお節分会では僧侶が諸堂に豆まきを行います。

【節分会2017 日程(要確認)】
節分会2017は2017年(平成29年)2月3日(金曜日)9:00~16:30まで行われます。

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【節分会2017・三千院 アクセス・地図】
場所・・・京都府京都市左京区大原来迎院町540
最寄り駅・バス停・・・大原(徒歩約10分)

京都バスのアクセス路線は次の通りです。(備考参考)
*京都駅から三千院は17系統(C3乗り場)、18系統(C3乗り場)
*四条河原町・三条京阪からは17系統
*四条烏丸からは17系統
京都バス・アクセスダイヤ

【節分会 歴史・簡単概要】
三千院節分会(せつぶんえ)では旧正月に当たる節分の日に僧侶が般若心経を1年の日数分唱え、息災を祈願する日数般若心経讀誦(にっすうはんにゃしんぎょうどくじゅ)を行います。節分会では僧侶が諸堂に豆まきを行います。また金色不動堂でも豆まきが行われます。
般若心経(摩訶般若波羅蜜多心経・まかはんにゃはらみったしんぎょう)は全16部(会)・600巻・字数500万字にも及ぶ大般若経(大般若波羅蜜多経・だいはんにゃはらみったきょう)を簡単にまとめた262文字の経典です。大般若経は最高の真理である般若から見ると全てのものは実体がない空(くう)だと説き、般若心経では色即是空(しきそくぜくう)・空即是色(くうそくぜしき)と表されています。ちなみに色即是空・空即是色は現世に存在する事物・現象は実体ではなく、空無であるという意味だそうです。
節分(せつぶん・せちぶん)は元々は季節が変わる節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指す場合が多くなりました。節分には邪気悪霊(鬼)が外から入ってくるのを防ぐ為、「鬼は外・福は内」と言いながら福豆を撒き、年の数だけ福豆を食べて厄除けをします。豆撒きは平安時代中期の第59代・宇多天皇(867年~931年)の時代に鞍馬山の鬼が都を荒らしたことから毘沙門天のお告げにより、鬼の穴を祈祷で封じ、鬼の目を炒り豆で打ちつぶしたということに由来しているそうです。なお豆などの穀物には魔除けの呪力や生命力を持つという穀霊が宿っているとも言われています。ちなみに豆は鬼の目を表す「魔目(まめ)」から鬼を滅する「魔滅」を意味するようになったそうです。
鬼は目に見えない邪気を表す陰(おん)に由来するとも、姿が見えずに怖いものを表す隠(おぬ)に由来するとも言われています。その為人智を超え、人に危害を与える災害・疾病・飢饉などは鬼の仕業と考えられました。

【三千院 歴史・簡単概要】
三千院(さんぜんいん)は788年(延暦7年)天台宗の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄が比叡山に延暦寺を創建した際、東塔南谷に自作の薬師如来像を本尊とする円融房(えんにゅうぼう)を建立したのが起源です。その後第3代天台座主の慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が引き継ぎ、平安時代後期以降は皇室や摂関家の子弟が入寺する宮門跡になりました。なお三千院は比叡山内から近江坂本・洛中へと移り、名称も梨下房・円徳院・梨下門跡・梶井門跡と改めたが、1871年(明治4年)以降は現在の場所に移り、名称を三千院(三千院門跡)に改めました。
三千院は天台宗の寺院です。天台宗の三門跡(青蓮院・妙法院)の中で一番歴史が古い。
*参考・・・三千院(アクセス・歴史・・・)ホームページ三千院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【節分会2017 備考】*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。
節分会2017では福豆の授与・ぜんざいの接待も行われます。(要確認)
三千院(アクセス・見どころ・・・)情報
三千院見どころ(見所)

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