南禅寺歴史・見どころ-修学旅行・観光の簡単解説

南禅寺見どころ

南禅寺歴史・見どころ簡単解説

南禅寺歴史・見どころポイントを簡単にまとめて解説しています。南禅寺で見るべき方丈(国宝)・三門(重文)・水路閣・紅葉などを解説しています。南禅寺のハイライトである水路閣(すいろかく)は最も高い場所が約13メートルで、琵琶湖疏水第一疏水分線が流れています。(南禅寺簡単解説下記参照)

【南禅寺のチェックポイント】
南禅寺のチェックポイントは格式です。南禅寺は鎌倉時代に第88代・後嵯峨天皇が造営した離宮・禅林寺殿があった場所で、1291年(正応4年)に亀山法皇(第90代・亀山天皇)が大明国師・無関普門を開山として離宮・禅林寺殿を禅寺に改め、皇室発願の最初の禅寺になりました。その後京都五山に数えられ、南北朝時代の1385年(元中2年・至徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満が自らの創建した相国寺を京都五山の第1位とする為、南禅寺は京都五山と鎌倉五山の上である別格・「五山之上」に列しました。ちなみに1306年(嘉元4年)に後宇多上皇(第91代・後宇多天皇)が行幸し、鎌倉幕府に令して南禅寺を鎌倉五山に准ずるものとしたり、1328年(嘉暦3年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇が行幸し、南禅寺を五山の第1位に列したこともありました。それらの格式もあり、1605年(慶長10年)に江戸幕府の参与で、黒衣の宰相(こくいのさいしょう)と言われた金地院崇伝・以心崇伝が第270世住持になると南禅寺の伽藍が再建されました。金地院崇伝は塔頭・金地院に住し、僧録として全国の臨済宗の寺院を統括しました。1611年(慶長16年)に女院御所の対面御殿を移して大方丈が再建され、1641年(寛永18年)に御所・日ノ御門を移して勅使門も建立させました。

【南禅寺 歴史・簡単概要】
瑞龍山(ずいりゅうさん)・南禅寺(なんぜんじ)とは鎌倉時代後期の1264年(文永元年)に第88代・後嵯峨天皇(ごさがてんのう)が造営した離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)があった場所です。南禅寺は1291年(正応4年)に亀山法皇(第90代・亀山天皇(かめやまてんのう))が大明国師(だいみょうこくし)・無関普門(むかんふもん)を開山として離宮を寺院に改め、龍安山禅林禅寺(りょうあんざんぜんりんぜんじ)と名付けたと言われています。南禅寺は皇室発願の最初の禅寺になりました。室町時代に隆盛を極め、京都五山(天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)、及び鎌倉五山(建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺)の上に置かれ、別格扱いの「五山之上」に列せられました。
京都・南禅寺歴史(起源・・・)

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【方丈・要点簡単解説 南禅寺】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである方丈は国宝です。方丈は大方丈と小方丈に分かれています。大方丈には内陣(仏間)・御昼の間・鳴滝の間・麝香(じゃこう)の間・鶴の間・西の間・柳の間・六畳・狭屋(さや)の間・広縁(ひろえん)があり、小方丈には虎の間・3室(九畳・六畳・二十畳)・広縁があります。大方丈は安土桃山時代の天正年間(1573年~1593年)に后(女院(にょいん))の為の女院御所の対面御殿として造営され、慶長年間(1596年~1615年)の御所建て替えの際に賜り、江戸時代前期の1611年(慶長16年)に再建されました。小方丈は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に建立されました。大方丈はこけら葺(こけらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)、小方丈はこけら葺の切妻造(きりづまづくり)です。方丈はその歴史に注目です。
(方丈・キーポイント 南禅寺)
●大方丈には仏間以外に狩野派(かのうは)の絵師が描いた障壁画(重要文化財)があります。ただ女院御所から移した際に配置・構成が大幅に変更されたそうです。大方丈は障壁画にも注目です。
●小方丈には虎の間に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いたと言われている群虎図があります。小方丈は群虎図にも注目です。
●小方丈は関白・豊臣秀吉が築城した伏見城の遺構とも言われています。
●大方丈は寺伝によると女院御所の対面御殿ではなく、御所・清涼殿(せいりょうでん)が移されたとされています。清涼殿は平安時代中期に天皇の御殿とされ、日常の政務や四方拝(しほうはい)・叙位(じょい)・除目(じもく)などの行事が行われるようになりました。

【三門・要点簡単解説 南禅寺】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである三門は重要文化財です。三門は五間三戸二階二重門(ごけんさんこにかいにじゅうもん)で、両側に山廊(さんろう)があります。三門は「天下竜門(てんかのりゅうもん)」とも言われ、二階は五鳳楼(ごほうろう)と言われています。二階には天井に狩野探幽・土佐徳悦が描いた極彩色の鳳凰(ほうおう)・天人(てんにん)図があります。三門は鎌倉時代後期の1295年(永仁3年)に西園寺実兼(さいおんじさねかね)の寄進によって建立され、南北朝時代の応安年間(1368年~1375年)に改築されたが、室町時代中期の1447年(文安4年)の火災で焼失しました。三門は江戸時代前期の1615年(元和元年)の大坂夏の陣で戦死した一門の武士の冥福を祈る為、1628年(寛永5年)に武将・藤堂高虎(とうどうたかとら)が寄進して建立されました。三門は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造、山廊は本瓦葺の切妻造です。三門は最大のハイライトで、インスタ映えスポットです。
(三門・キーポイント 南禅寺)
●三門は山廊が桁行三間・梁間二間です。三門は高さ約22メートルです。三門は大きさに注目です。
●三門は二階に宝冠釈迦(ほうかんしゃか)座像・月蓋長者(がっかいちょうじゃ)像・善財童士(ぜんざいどうじ)像・十六羅漢(じゅうろくらかん)像が安置されています。また本光国師(ほんこうこくし)像・徳川家康像・藤堂高虎像と一門の重臣の位牌(いはい)なども安置されています。
●三門は歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんの きり)」で、安土桃山時代の盗賊・石川五右衛門(いしかわごえもん)が「絶景かな、絶景かな。・・・」と見得を切る「南禅寺山門の場」とされています。ただ三門は石川五右衛門の死後(1594年(文禄3年))、30年以上経ってから建立されました。三門は2階に登ることができ、2階からは境内に広がる絶景を眺めることができます。南禅寺は桜の名所・紅葉の名所とされ、桜シーズン・紅葉シーズンは特に美しいと言われています。以前はドラマの撮影によく利用されています。
●三門は知恩院の三門・東本願寺の御影堂門(ごえいどうもん)とともに京都三大門と言われています。また日本三大門にも数えられています。
●例年桜見ごろ・紅葉見ごろに三門二階から桜や紅葉に彩られた美しい光景を眺められます。

【水路閣・要点簡単解説 南禅寺】★★★修学旅行・観光必見
最大のハイライトである水路閣(すいろかく)は境内の南東にあり、琵琶湖疏水(びわこそすい)第一疏水分線が流れています。水路閣は2時間ドラマなどの撮影によく使われ、観光名所になっています。水路閣は1888年(明治21年)に京都府御用掛で、土木技術者・田辺朔郎(たなべさくろう)が設計して建設されました。水路閣は花崗岩(かこうがん)と煉瓦造(れんがづくり)です。水路閣は近年注目されているハイライトで、インスタ映えスポットです。
水路閣詳細
(水路閣・キーポイント 南禅寺)
●水路閣は延長約93.1メートル・幅約4.06メートル・水路直径約2.4メートルで、最も高い場所は約13メートルあります。水路閣には2基の橋台・13基のアーチ型の橋脚があります。水路閣は長さや高さに注目です。水路閣は三門と同様にドラマ撮影のスポットとしてよく利用されています。
●例年桜見ごろ・紅葉見ごろには桜や紅葉で彩られ、普段と異なった美しい趣に変わります。

【勅使門・要点簡単解説 南禅寺】★修学旅行・観光必見
勅使門は重要文化財です。勅使門は虹梁(こうりょう)などに龍・麒麟(きりん)・孔雀(くじゃく)・松・牡丹(ぼたん)・雲・波などの透かし彫りがされています。勅使門は安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に御所・日ノ御門(ひのみかど)として造営され、江戸時代前期の1641年(寛永18年)に第109代・明正天皇(めいしょうてんのう)から賜って建立しました。勅使門は檜皮葺(ひわだぶき)の切妻造です。勅使門は彫刻と格式に注目です。
(勅使門・キーポイント 南禅寺)
●勅使門は天皇や勅使(ちょくし)の来山の際に限って開かれました。ただ勅使門は現在は住持(じゅうじ・住職)の就任の際に開かれます。

【法堂・要点簡単解説 南禅寺】★修学旅行・観光必見
法堂では法式行事や法要が行われます。法堂は天井に日本画家・今尾景年(いまおけいねん)が描いた雲龍図があります。法堂はかつて創建時に建立されたが、室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))で焼失し、1479年(文明11年)頃に再建され、江戸時代初期の1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼の寄進によって大改築されました。しかし1893年(明治26年)の火災で焼失し、1909年(明治42年)に再建されました。法堂は本瓦葺の入母屋造です。法堂は一重もこし(裳階)付きです。法堂はその歴史と建築様式に注目です。
(法堂・キーポイント 南禅寺)
●法堂は本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)、右に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、左に普賢菩薩(ふげんぼさつ)を安置しています。
●法堂では1990年(平成2年)に開山・大明国師(だいみょうこくし)700年大遠忌(だいおんき)記念行事として、屋根の茸替え工事・敷瓦取り替え工事が行われました。

【雲龍図・要点簡単解説 南禅寺】
雲龍図・幡龍(ばんりゅう)は法堂の天井にあります。雲龍図は明治時代から大正時代に掛けて活躍した京都画壇・四条派(しじょうは)の日本画家・今尾景年が描きました。雲龍図は今尾景年畢生(一生涯)の大作と言われているそうです。
(雲龍図・キーポイント 南禅寺)
●法堂は通常入堂できないが、雲龍図は外側から見ることができます。

【方丈庭園・要点簡単解説 南禅寺】★★修学旅行・観光必見
ハイライトである方丈庭園・虎の子渡しの庭は国の名勝です。方丈庭園は大方丈の南にあります。方丈庭園は築地塀に囲まれ、面積約120坪あります。方丈庭園は江戸時代初期の代表する枯山水式庭園です。方丈庭園は江戸時代初期の1611年(慶長16年)頃に小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作庭したと言われています。方丈庭園はその歴史に注目です。
(方丈庭園・キーポイント 南禅寺)
●虎の児渡しの庭の名称は中国の説話「癸辛雑識」にある母虎が子を連れて渓流を渡ることに由来しています。

【小方丈庭園・要点簡単解説 南禅寺】
小方丈庭園・如心庭(にょしんてい)は白砂に「心」の字形に石を配置した枯山水庭園です。小方丈庭園は1966年(昭和41年)に管長・柴山全慶(しばやまぜんけい)が「心を表現せよ」と指示して作庭されました。柴山全慶は花園大学・大谷大学で教授を歴任したそうです。

【六道庭・要点簡単解説 南禅寺】
六道庭(ろくどうてい)は六道輪廻(ろくどうりんね)の戒めを表現した庭園です。六道輪廻は天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の6つの世界を人間は何度も生まれ変わり、彷徨い続けるという仏教の世界観を表しているそうです。六道庭は苔の中に石が配置された庭園です。六道庭は1967年(昭和42年)に作庭されました。六道庭は仏教の世界観に注目です。

【本坊・要点簡単解説 南禅寺】
本坊(庫裏)は本来台所だが、寺務所としても使われています。本坊は天井のない吹き抜けになっています。本坊の滝の間では清涼の滝を眺めながら抹茶(有料)を味わこともできるそうです。本坊には大玄関があり、特別な行事の際に限って使われます。本坊は抹茶を味わい、天井に注目です。
(本坊・キーポイント 南禅寺)
●本坊は韋駄尊天(いだそんてん)を安置しています。
●本坊では御朱印を授与しています。(要確認)

【中門・要点簡単解説 南禅寺】
中門は勅使門の南側にある入り口です。中門は1601年(慶長6年)に松井康之(まついやすゆき)から伏見城・松井邸の門を寄進され、勅使門になりました。しかし御所・日ノ御門を賜ったことから日ノ御門が勅使門になり、現在の場所に移されました。中門は幕末までは脇門と言われていたそうです。
(中門・キーポイント 南禅寺)
●中門を寄進した松井康之は武将だけでなく、優れた茶人だったそうです。

●上記以外の南禅寺見どころは下記リンクから確認することができます。
南禅寺見どころ

【南禅寺見どころ解説以外の情報】
南禅寺基本情報

【南禅寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・南禅寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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