三十三間堂観光地図

三十三間堂

京都観光・旅行では三十三間堂を訪ねる方が多いと思うが、三十三間堂周辺には三十三間堂以外に魅力的な寺社がたくさんあります。時間のある方は三十三間堂観光マップを見ながらのんびり散策するのもいいかもしれません。なお京都観光・旅行でおすすめする寺社は下記の通りです。

【三十三間堂観光マップ・周辺地図】

【三十三間堂 概要】
三十三間堂は1165年(長寛2年)後白河上皇が平清盛に資材協力を命じ、離宮・法住寺殿の一画に創建しました。ただその後焼失し、三十三間堂だけが再建されました。なお毎年1月中旬に本堂西側の射程60メートルの特設射場で弓で的を射る三十三間堂大的全国大会が行われています。
三十三間堂(アクセス・見どころ・・・)
三十三間堂見どころ

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【方広寺 概要】
方広寺は1586年(天正14年)関白・豊臣秀吉が松永久秀の焼き討ちによって焼損した東大寺・大仏に代わる大仏(盧舎那仏)の造立を発願したのが起源です。なお1614年(慶長19年)「国家安康」・「君臣豊楽」を刻んだ梵鐘が完成するが、方広寺鐘銘事件となり、豊臣家滅亡の発端となりました。
方広寺(アクセス・見どころ・・・)

【豊国神社 概要】
豊国神社は1868年(明治元年)明治天皇の指示により、1880年(明治13年)方広寺大仏殿跡に社殿が完成しました。なお豊臣秀吉は死後に豊国神社に祀られていましたが、大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると徳川家康の意向により、神号「豊国大明神」が剥奪され、豊国神社は取り壊されました。
豊国神社(アクセス・見どころ・・・)

【妙法院 概要】
妙法院は比叡山三千坊と言われる比叡山上にあった坊が起源と言われ、初代門主は伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄とされています。なお妙法院は方広寺・三十三間堂(蓮華王院)・新日吉社を兼帯していたが、方広寺・新日吉社は独立し、三十三間堂だけが現在も妙法院の所属です。
妙法院(アクセス・見どころ・・・)

【智積院 概要】
智積院は僧・真憲坊長盛が和歌山・根来山内に建てた学問所で、覚鑁(かくばん)が建立した大伝法院(だいでんぼういん)の塔頭でした。その後1601年(慶長6年)に京都に移りました。なお例年初詣の人出が多い成田山新勝寺・川崎大師平間寺・高尾山薬王院は真言宗智積院派の寺院です。
智積院(アクセス・見どころ・・・)

【新熊野神社 概要】
新熊野神社は1160年(永暦元年)後白河上皇が離宮・法住寺殿を造営した際、平清盛・重盛父子に命じて、鎮守社として熊野の神を勧請したのが起源と言われています。なお新熊野神社は熊野神社・若王子神社とともに平安時代の院政期に造営された「京都三熊野(みくまの)」のひとつです。
新熊野神社(アクセス・見どころ・・・)

【東福寺 概要】
東福寺は1236年(嘉禎2年)摂政・九条道家が高さ5丈(約15メートル)の釈迦像を安置する寺院を創建することを発願し、仏殿を建立したのが起源です。東福寺の名称は奈良の東大寺と興福寺から1字ずつ取りました。なお通天橋から見る紅葉(もみじ)は名所になっています。
東福寺(アクセス・見どころ・・・)

【泉涌寺 概要】
泉涌寺は天長年間に弘法大師・空海が草庵を結んだのが起源とも、856年(斉衡3年)左大臣・藤原緒嗣が神修上人を開山として山荘を改めたのが起源とも言われています。なお山内には後堀河天皇の陵墓が築かれ、後水尾天皇などが葬られ、「御寺(みてら)」と言われるようになりました。
泉涌寺(アクセス・見どころ・・・)

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