カテゴリー:観光スポット

  • 華開院

    華開院

    華開院の本尊・阿弥陀如来坐像は慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)作と言われ、比叡山坂本の念仏堂に祀られていたものを向阿(こうあ)が迎えたと言われています。なお阿弥陀如来坐像は東山・真如堂の本尊と同木とも言われています。
  • 北菅大臣神社

    北菅大臣神社

    北菅大臣神社がある場所は菅原家の邸宅・紅梅殿があり、菅原道真が太宰府に左遷される際、「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春なわすれそ」と詠んだと言われています。なお北菅大臣神社はかつて南の菅大臣神社と続いていた。
  • 岩船寺

    岩船寺

    岩船寺は1937年(昭和12年)頃から境内に紫陽花(あじさい)が植えられるようになり、現在は35品種・5千株も植えられ、あじさい寺とも言われています。なお紫陽花は6月上旬から7月上旬に見ごろを迎えるそうです。
  • 信行寺

    信行寺

    信行寺の本堂の格天井(ごうてんじょう)には江戸時代の奇想派の絵師(奇想の絵師)・伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)が最晩年の83歳頃に描いたと言われている天井画・花卉図(かきず)があります。若冲は1800年(寛政12年)10月27日(旧暦の9月10日)に満84歳で亡くなりました。
  • 常照皇寺

    常照皇寺

    常照皇寺に植えられている九重桜(ここのえざくら)は国の天然記念物で、樹齢600年以上とも言われています。九重桜は光厳上皇(北朝初代・光厳天皇)と弟である北朝第2代・光明天皇のお手植えとも言われています。光明天皇は洛北での厳しい暮らしを慰める為に都から桜の木を持参したも言われています。
  • 昌福寺

    昌福寺

    昌福寺と隣接する松林寺(しょうりんじ)は安土桃山時代に建てられた聚楽第(じゅらくだい・じゅらくてい)の遺構と言われています。なお聚楽第は関白・豊臣秀吉の政庁・邸宅だったが、甥・豊臣秀次に譲り、秀次の高野山追放・切腹後には取り壊されました。
  • 常楽寺

    常楽寺

    常楽寺の親鸞坐像からは2008年(平成20年)親鸞聖人(しんらんしょうにん)の遺骨と見られる骨片が発見されました。なお親鸞聖人の遺骨は東山の廟堂に納骨されたが、親鸞の娘・覚信尼の子・唯善が持ち去られたと言われています。
  • 浄光寺

    浄光寺

    浄光寺には「故東山画隠大雅池君墓」と刻まれた文人画家・池大雅(いけのたいが)の墓があり、大雅寺とも言われました。池大雅は若くより絵を志し、柳里恭や祇園南海に学び、文人画(南画)大成者の一人になりました。
  • 護国寺

    護国寺

    護国寺の「だんじょの水」は1690年(元禄3年)の水不足の際、護国寺の僧侶と付近の村人が共同で拓きました。なお「だんじょの水」はかつて護国寺にあった僧侶養成所・山科檀林の「檀所・談所(だんじょ)」に由来しています。
  • 西岸寺

    西岸寺

    西岸寺ゆかりの九条兼実の娘・玉日姫(たまひひめ)は親鸞聖人と婚姻し、親鸞が越後へ流罪となった後に西岸寺で没したと言われています。なお2012年(平成24年)境内から骨壷に入った人骨が発見され、玉日姫のものと推定されています。
  • 西雲寺

    西雲寺

    西雲寺の星見地蔵(安産地蔵)は弘法大師・空海の母・阿刀(あと)が子が生まれないことを憂えて夜空に輝く明星に祈願し、空海を懐妊したことから阿刀と空海が造立したと言われています。ただ現在の星見地蔵は江戸時代作と言われています。
  • 万寿寺

    万寿寺

    万寿寺は当初は十刹だったが、五山に昇格し、京都五山(天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)の第5位に列せられました。なお五山制度はインドに由来し、日本では鎌倉時代に鎌倉五山として最初に採用されました。

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