八坂神社七不思議

八坂神社

八坂神社七不思議には次のようなものがあります。なお八坂神社は656年(斉明天皇2年)高麗から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が新羅・牛頭山に座した素戔嗚尊(すさのおのみこと)を山城八坂郷に奉斎したのが起源とも言われています。

【八坂神社七不思議以外の情報】
八坂神社七不思議以外の情報
八坂神社見どころ(見所)詳細

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【八坂神社七不思議 雨垂れがしない西楼門】
西楼門(楼門)は朱塗りで、四条通の突き当たりに建立されています。西楼門は屋根から雨垂れがしないことから雨垂れの跡が一切ないと言われています。また蜘蛛の巣が一度も張ったことがないとも言われています。なお楼門は重要文化財で、1497年(明応6年)に再建されました。
(八坂神社七不思議 雨垂れがしない西楼門豆知識)
●楼門は本殿・舞殿と同じ高さで、三位一体を表しているとも言われています。
●西楼門は八坂神社の正門ではなく、正門は南にあってその前には大きな鳥居が建っています。

【八坂神社七不思議 夜泣き石】
夜泣き石(夜啼石)は本殿の鬼門に当たる末社・日吉社(ひよししゃ)の前の木の根元にあります。夜泣き石は夜になるとシクシクとすすり泣くと言われています。

【八坂神社七不思議 二見岩】
二見岩(ふたみいわ)は末社・大神宮社(だいじんぐうしゃ)の内宮と外宮の2つの祠の間にあります。二見岩は地球の地軸に達するほど深くまで伸びていると言われています。

【八坂神社七不思議 龍穴】
龍穴(りゅうけつ)は本殿の下にあり、龍が棲むほど底知れぬくらい深い井戸と言われています。龍穴は神泉苑(しんせんえん)や東寺(とうじ)に繋がっているとも、鎌倉時代に記された「釈日本紀(しゃくにほんぎ)」では竜宮に通じているとも言われています。なお本殿は重要文化財で、1654年(承応3年)江戸幕府4代将軍・徳川家綱が再建しました。
(八坂神社七不思議 龍穴豆知識)
●龍穴が繋がっていると言われる神泉苑はかつて大内裏の南に接する場所に造営された禁苑(宮中の庭)です。869年(貞観11年)に行われた御霊会が八坂神社の祭礼・祇園祭の起源と言われています。
●龍穴が繋がっていると言われる東寺(教王護国寺)は794年(延暦13年)桓武天皇の発願により、西寺とともに国家鎮護の官寺として、都の入口である羅城門の東に創建されました。
八坂神社七不思議・東寺(教王護国寺)

【八坂神社七不思議 龍吼】
龍吼(りゅうぼえ)は本殿の玄関の東の柱から西に向かって柏手を打つと音が大きく反響することから言われています。なお東の柱と屋根の庇の接点部分には龍が描かれ、龍が柏手に応えて鳴いているとも言われています。

【八坂神社七不思議 力水】
力水は末社・大神宮社(だいじんぐうしゃ)の入り口の右側から湧いています。力水(祇園神水)を飲んで、摂社・美御前社(うつくしごぜんしゃ)にお参りすると美人になると言われています。なお美御前社前からは神水「美容水」が湧いています。
(八坂神社七不思議 力水豆知識)
●力水は祇園神水(ぎおんしんすい)とも言われています。
八坂神社七不思議・美御前社

【八坂神社七不思議 忠盛灯篭】
忠盛灯篭(ただもりとうろう)は末社・大神宮社と摂社・悪王寺社(おくおうじしゃ)の間にあります。なお平忠盛は白河法皇に仕えていました。法皇がある五月雨の夜に祇園女御(ぎおんのにょご)の許に行く際、頭がキラキラと光り、右手に黒い塊・左手に光る物を持った鬼のようなものを目撃し、忠盛に討ち取るように命じました。しかし忠盛は正体を確かめる為に生け捕りにしようとし、鬼のよう見えたのが蓑を被って灯籠に火を灯そうとして僧であることが分かりました。法皇は忠盛の冷静な判断に感嘆し、その後灯籠は忠盛灯籠と言われるようになりました。
(八坂神社七不思議 忠盛灯篭豆知識)
●忠盛灯篭の由来となった平忠盛は平清盛の父です。

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