八坂神社・錦市場散策コース

八坂神社

八坂神社から錦市場に向かう散策ルートは京都観光・旅行でも人気が高いルートです。八坂神社からは東にある四条通を西に進み、寺町通からは北にある錦小路通を東に進んで錦市場に向かいます。周辺には建仁寺・辰巳大明神・錦天満宮などがあり、寄り道するのもいいかもしれません。

【八坂神社・錦市場 散策ルート】

スポンサードリンク


【八坂神社・錦市場 散策ルート概要】
八坂神社から錦市場は距離が約1.7キロ、徒歩では約20分掛かります。八坂神社から錦市場までは起伏があまりなく、比較的楽に散策することができます。ただ四条通は人通りが多く、錦小路通は狭いのが難点かもしれません。なお周辺には花街である祇園甲部や先斗町・俵屋宗達が描いた風神雷神図がある建仁寺・芸舞妓の技芸上達に信仰されている辰巳大明神・ビルの中に一部がめり込んだ鳥居がある錦天満宮などがあり、楽しみながら散策することができます。

【八坂神社 概要】
八坂神社は656年(斉明天皇2年)高麗から来日した調進副使・伊利之使主が新羅・牛頭山に座した素戔嗚尊(すさのおのみこと)を奉斎して創建したのが起源とも言われています。なお祭礼・祇園祭は869年(貞観11年)に流行した疫病を鎮める際に神泉苑で行われた御霊会(ごりょうえ)が起源です。
八坂神社(アクセス・見どころ・・・)

【祇園甲部 概要】
祇園甲部は江戸時代初期に八坂神社の門前で営業していた水茶屋とそこで働く茶点て女が起源と言われています。京都所司代・板倉重宗により、茶点て女を置くことが許可され、八坂神社門前の茶屋町を「祇園町」と言うようになりました。なお現在祇園甲部は京都にある五花街の中で最大の花街です。
祇園甲部(アクセス・見どころ・・・

【祇園東 概要】
祇園東は祇園甲部と同じく、江戸時代初期に八坂神社の門前で営業していた水茶屋とそこで働く茶点て女が起源と言われています。なお祇園東は明治時代に祇園甲部から分離独立し、四条花見小路北東部が祇園乙部と言われていたが、戦後祇園東新地、そして祇園東に名称を変更しました。
祇園東(アクセス・見どころ・・・)

【建仁寺 概要】
建仁寺は1202年(建仁2年)栄西禅師(えいさいぜんじ・ようさいぜんじ)が鎌倉幕府2代将軍・源頼家が援助により、宋・百丈山を模して建立しました。なお風神雷神図は江戸時代初期の絵師・俵屋宗達(たわらやそうたつ)が描き、国宝に指定されています。(現在京都国立博物館に寄託)
建仁寺(アクセス・見どころ・・・)

【辰巳大明神 概要】
辰巳大明神は御所の南東(辰巳)にあって南東の守護として祀られたとも、巽橋に棲んで、芸舞妓などを誑かす悪戯を働いていた狸が悪戯をしないことを約束したことから狸を祀ったとも言われています。なお辰巳大明神は芸舞妓の技芸上達に信仰され、祇園のお稲荷さんとも言われています。
辰巳大明神(アクセス・見どころ・・・)

【宮川町 概要】
宮川町は江戸時代に人気になった出雲・阿国(おくに)の歌舞伎踊りの頃から始まりました。当初は遊女などが接待していたが、江戸時代の三大改革により、打撃を受けました。なお1999年(平成11年)宮川筋3丁目から6丁目の一部は京都市の祇園町南歴史的景観保全修景地区に指定された。
宮川町(アクセス・見どころ・・・

【先斗町 概要】
先斗町は江戸時代初期に鴨川の州を埋め立て、茶屋や旅籠が置かれたのが起源と言われています。なお先斗町の地名はポルトガル語のponto(先)が語源と言われたり、先斗町が鴨川と高瀬川に挟まれている為、2枚の皮に挟まれている鼓に例えられ、鼓の「ポン」と鳴る音に掛けたとも言われています。
先斗町(アクセス・見どころ・・・

【錦天満宮 概要】
錦天満宮は1003年(長保5年)菅原道真の生家・菅原院を源融の別荘・六条河原院(塩竃第)跡に移して歓喜寺が創建され、天満天神を鎮守社として祀ったのが起源です。なお1935年(昭和10年)に建てられた鳥居は両側にビルが建てられたことから一部がビルの中にめり込んでいます。
錦天満宮(アクセス・見どころ・・・)

【錦市場 概要】
錦市場は錦小路通の内、寺町通から高倉通にある全長約400メートルの商店街です。錦市場は平安時代に豊富な地下水を利用し、京都御所に新鮮な魚を納める店が集まったのが起源と言われ、1300年の歴史を持つことから「京の台所」と言われています。なお市民からは「にしき」と親しみを込めて呼ばれています。
錦市場(アクセス・見どころ・・・)

スポンサードリンク

イベント・行事

  1. 知恩院試し撞き

    2016年12月のイベント

    京都市内などで2016年12月に行われる寺社などのイベント・行事です。イベント・行事を見たり、参加し…

スポンサードリンク

ページ上部へ戻る