清凉寺お松明式2015/3/15

清凉寺お松明式2015(日程・時間・・・)を紹介しています。お松明式は毎年3月15日に行われ、3本の松明に点火し、その火勢の強弱によってその年の農作物の豊凶を占います。なおお松明式は8月の「五山送り火(ござんのおくりび)」・10月の「鞍馬の火祭(くらまのひまつり)」と合わせて、京都三大火祭です。(詳細下記参照)

【清凉寺お松明式2015 日程時間(要確認)】
清凉寺お松明式2015は2015年3月15日(日曜日)20:00から行われます。なお15:30から嵯峨大念仏狂言、19:00から涅槃会が行われます。

【清凉寺お松明式2015 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
最寄り駅・バス停・・・嵯峨釈迦堂前(徒歩約1分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは28系統(D3乗り場)
*四条烏丸からは91系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【清凉寺お松明式 歴史・簡単概要】
清凉寺お松明式(おたいまつしき)・嵯峨お松明式はお釈迦様が荼毘に付される様子を再現した行事で、京都の最古の行事のひとつとも言われています。お松明式では高さ7メートルの3本の松明を早稲・中稲・晩稲に見立てて、その火勢の強弱によってその年の農作物の豊凶を占います。また本堂前に13基の高張り提灯を立てて、その高低によって米相場も占います。(最近では株価相場も占います。)なおお松明式当日には涅槃会(ねはんえ)と嵯峨大念仏狂言が行われます。涅槃会はお釈迦様が80歳で入滅(にゅうめつ)した3月15日(陰暦2月15日)にお釈迦様の遺徳追慕と報恩の為の法要です。嵯峨大念仏狂言は鎌倉時代末期に円覚上人が庶民に教義を説く為に作ったと言われています。嵯峨大念仏狂言は三大念仏狂言のひとつで、国の重要無形民俗文化財です。

【清凉寺・嵯峨釈迦堂 歴史・簡単概要】
清凉寺(せいりょうじ)・嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)は第52代・嵯峨天皇の皇子で、光源氏のモデルとも言われている左大臣・源融(みなもとのとおる)の山荘・棲霞観(せいかかん)があった場所です。清凉寺は源融の一周忌である896年(寛平8年)に子息が弥陀三尊像を造仏して阿弥陀堂に安置し、棲霞寺(せいかじ)と号したのが起源とも、945年(天慶8年)に重明親王妃(しげあきらしんのうひ)が新堂を建立し、等身大の釈迦像を安置したのが起源とも言われています。その後987年(永延元年)に奝然上人(ちょうねんしょうにん)が愛宕山を中国の五台山に模し、「三国伝来の釈迦像」を安置する大清凉寺を建立しようとしたが、途中で亡くなり、弟子・盛算(じょうさん)が遺志を受け継ぎ、棲霞寺内に釈迦堂を建立しました。1279年(弘安2年)に円覚(十万)上人の大念仏(融通念仏)が伝わったとも言われています。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失したが、1481年(文明13年)に再興され、1602年(慶長7年)には関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼の寄進によって釈迦堂(本堂)が再建されました。しかしその後も嵯峨の大火や大地震に見舞われ、1701年(元禄14年)に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉や生母・桂昌院(けいしょういん)らの発願によって本堂が再建されました。
*参考・・・清凉寺・嵯峨釈迦堂(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ清凉寺・嵯峨釈迦堂(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【清凉寺お松明式 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
清凉寺・嵯峨釈迦堂(アクセス・見どころ・・・)情報
清凉寺見どころ

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