上賀茂神社見所ランキング-修学旅行・観光必見

上賀茂神社見どころ

上賀茂神社見所ランキング

上賀茂神社見所ランキングを紹介しています。上賀茂神社への修学旅行・観光で見逃せない見所をランキングしました。1位が大きさ・形状が同じ本殿(国宝)・権殿(国宝)、2位が細殿(重文)と砂の山である立砂、3位が舞殿(重文)と葵祭です。(上賀茂神社見所下記参照)

上賀茂神社見どころ一覧

【上賀茂神社 歴史・簡単解説】
上賀茂神社(かみがもじんじゃ)とは起源が明確ではありません。上賀茂神社は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。その後678年(天武天皇7年)に社殿が造営されたと言われています。794年(延暦13年)平安京遷都の際、王城鎮護の神になり、807年(大同2年)に神階・正一位に叙され、葵祭(賀茂祭)が勅祭になりました。
京都世界遺産・上賀茂神社基本情報上賀茂神社歴史

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【上賀茂神社1位 本殿・権殿・見所解説】
ランキング1位は本殿(国宝)・権殿(国宝)です。本殿(東側・右側)は本殿が非常時に神儀を行う仮殿(西側・左側)である権殿と並んで建立されています。特別参拝では普段入ることのできない神域に入り、神職の案内によって本殿・権殿を参拝することができます。(要確認)本殿・権殿は大きさ・形状が同じで、檜皮葺の三間社二面流造です。ちなみに本殿・権殿は流造の原型とも言われています。上賀茂神社では1036年(長元9年)に21年毎に式年遷宮(しきねんせんぐう)を行うことが定められ、戦争などによる中断などもあったが、2015年10月15日に第42回式年遷宮の正遷宮(しょうせんぐう)が行われました。本殿・権殿は見るだけでもその歴史を実感することができます。
(上賀茂神社 本殿・権殿・ポイントまとめ)
●本殿・権殿は江戸時代末期の1863年(文久3年)の式年遷宮で建て替えられました。本殿・権殿はかつて式年遷宮で建て替えられていたが、現在は国宝に指定されていることから桧皮葺(ひわだぶき)の屋根の葺き替えなどの修復のみが行われています。
●本殿は賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)を祀り、神器(神服・食器など)を奉安しています。賀茂別雷命は下鴨神社(しもがもじんじゃ)の東本殿に祀られている玉依姫命(たまよりひめのみこと)の子神で、雷を別けるほどの力を持つ神とも言われています。
●権殿は渡殿(わたどの)とも言われています
上賀茂神社本殿見所(歴史概略・・・)上賀茂神社権殿見所(歴史概略・・・)

【上賀茂神社2位 細殿・立砂・見所解説】
ランキング2位は細殿(重要文化財)・立砂です。細殿は二ノ鳥居をくぐった先に建立され、その前に円錐状の2つの砂の山・立砂(たてずな・盛砂)があります。細殿はかつて天皇・上皇・葵祭(あおいまつり)に奉仕した斎王(さいおう)などが参拝する際、装束などを整える著到殿(ちゃくとうでん)として使われていました。立砂は神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が降臨した神体(秀峰)・神山(こうやま)を模し、2つの砂の山の向かって左に3本(陽・奇数)と右に2本(陰・偶数)の松葉が差されています。立砂は細殿前だけでなく、本殿の祝詞座(のりとざ)前とその背後にもあり、祝詞座前・祝詞座背後・細殿前の順で大きく盛られているそうです。ちなみに奇数・偶数は陰陽道に基づき、神の出現を願う意味があるとも言われています。細殿・立砂は見るだけでもその歴史を実感することができます。なお細殿・立砂前では9月に烏相撲(からすずもう)が行われ、奉納相撲を行う子どもが行事に引率されて立砂の周りを3度回ります。
(上賀茂神社 細殿・立砂・ポイントまとめ)
●細殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)に建て替えられました。
●立砂は神を招く憑代(よりしろ)としての役割があります。また立砂は鬼門に撒く清めの砂の起源とも言われています。
上賀茂神社細殿見所(歴史概略・・・)上賀茂神社立砂見所(歴史概略・・・)

【上賀茂神社3位 舞殿・見所解説】
ランキング3位は舞殿(重要文化財)です。舞殿は賀茂川(かもがわ・鴨川)の分水である御手洗川(みたらしがわ)をまたぐように建立され、橋殿(はしどの)とも言われています。御手洗川は現在明神川(みょうじんがわ)とも言われ、境内では楢の小川(ならのおがわ・ならの小川)と名称を変え、境内を出て明神川に戻り、一部が賀茂川に合流します。舞殿は見ると御手洗川の上に建立されていることが分かります。なお舞殿では夏越大祓(なごしのおおはらえ)の際に人形(ひとがた)が御手洗川に流されます。御手洗川は葵祭(あおいまつり)の前儀である斎王代禊の儀(さいおうだいみそぎのぎ)で斎王代(さいおうだい)が両手を浸して禊を行います。
(上賀茂神社 舞殿・ポイントまとめ)
●舞殿は江戸時代末期の1863年(文久3年)に建て替えられられました。
●御手洗川はかつて名前の通り、御手洗の水だったそうです。
上賀茂神社舞殿見所(歴史概略・・・)

【上賀茂神社3位 葵祭・見所解説】
ランキング3位は葵祭(あおいまつり)です。葵祭は7月の祇園祭(ぎおんまつり)・10月の時代祭(じだいまつり)とともに京都三大祭りに数えられています。葵祭の路頭の儀(ろとうのぎ)では斎王代(さいおうだい)など平安時代の衣装を身に着けた行列が京都御苑(京都御所)から下鴨神社を経て上賀茂神社まで巡行し、繰り広げられる時代絵巻を見ることができます。なお上賀茂神社では賀茂競馬足汰式(かもくらべうまあしそろえしき)・賀茂競馬(かもくらべうま)・献茶祭(けんちゃさい)など葵祭の関連行事も行われます。
(上賀茂神社 葵祭・ポイントまとめ)
●葵祭は正式には賀茂祭(かもまつり)と言われているが、祭儀に関わる全ての人や社殿の御簾(みす)・牛車(御所車)に至るまで二葉葵を桂の小枝に挿し飾ることから葵祭と言われています。
上賀茂神社葵祭2021日程(行事・・・)上賀茂神社葵祭2021(ルート・斎王代・・・)

【上賀茂神社番外 ならの小川・見所解説】
ならの小川(楢の小川)は境内を流れる小川です。ならの小川は本殿西側(北西)を流れ、人を清める御手洗川(みたらしがわ)と本殿東側(北東)を流れ、祭器を洗い清める御物忌川(おものいがわ)が手水舎(ちょうずしゃ)近くで合流し、ならの小川になり、岩本社近くで沢田川を分岐し、その一部が渉渓園(しょうけいえん)を流れてならの小川と合流し、境内を出ると明神川に名前を変え、その後琵琶湖疎水(びわこそすい)分線に合流しています。ちなみに御物忌川には片岡橋・玉橋が架けられ、ならの小川には川を跨ぐように橋殿(舞殿)が建立され、夜具橋・神事橋が架けられています。ならの小川では古くから夏越大祓式(なごしのおおはらえしき)が行われ、平安時代後期から鎌倉時代前期の公卿・歌人である藤原家隆(ふじわらのいえたか)はその情景を「風そよぐ 楢(なら)の小川の 夕暮は 御禊ぞ夏の しるしなりける」と詠み、その伝統行事や歴史を感じることができます。また葵祭では斎王代禊の儀(さいおうだいみそぎのぎ)が行われ、斎王代が両手をひたして身を清めます。上賀茂神社では古くから川を使って禊を行っていた歴史を感じることができます。なおならの小川は時代劇などの撮影にも使われ、見覚えのある方もいるかもしれません。またならの小川では夏季に足を浸したり、川遊びをしたりする姿も見られます。

【上賀茂神社見所ランキング 備考】
*参考・・・京都世界遺産・上賀茂神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ京都世界遺産・上賀茂神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

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