下鴨神社歴史見どころ・簡単まとめ(修学旅行)

下鴨神社

下鴨神社見どころ

下鴨神社見どころ・簡単まとめ(修学旅行)。東本殿(国宝)と西本殿(国宝)は1863年(文久3年)の式年造営(21年に1度)で建て替えられました。東本殿は玉依姫命、西本殿はその父・賀茂建角身命を祀っています。なお東本殿・西本殿は檜皮葺の三間社流造です。(下鴨神社見どころ下記参照)

【下鴨神社 基礎知識】
下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は起源が明確ではありません。社伝によると初代・神武天皇(じんむてんのう)の御代(紀元前660年~紀元前582年)に賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が比叡山(ひえいざん)西麓の御蔭山(みかげやま)に降臨したのが起源と言われています。また紀元前90年(第10代・崇神天皇(すじんてんのう)7年)に瑞垣(みずがき)の修造の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。その後第29代・欽明天皇(きんめいてんのう)の時代(539年~571年)に葵祭(あおいまつり・賀茂祭(かもまつり))が始まり、678年(第40代・天武天皇(てんむてんのう)7年)に社殿が建立されたと言われています。
下鴨神社歴史(起源・・・)

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【下鴨神社 東本殿】★★★修学旅行見どころ
東本殿は国宝(1953年(昭和28年)3月31日指定)です。東本殿は境内の奥にあります。東本殿は祝詞舎(のっとりや)を挟んで、西本殿の反対側になります。東本殿は江戸時代後期の1863年(文久3年)に21年に1度行われる式年遷宮(しきねんせんぐう)で建て替えられました。かつて式年遷宮で建て替えられていたが、現在は修復のみが行われています。なお東本殿は檜皮葺(ひわだぶき)の三間社流造(さんけんしゃながれづくり)です。
(下鴨神社 東本殿・ポイント)
●東本殿は玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祀っています。玉依姫命は上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)の母になります。
●東本殿は母屋が約23平方メートルで、金と緑の獅子(しし)と銀と青の狛(こま)が置かれています。
●史書「百錬抄(ひゃくれんしょう)・鎌倉時代後期(13世紀末頃)成立」に「鴨社正遷宮也、当社廿年一度・・・定例也」と記され、平安時代中期の1036年(長元9年)を第1回として式年遷宮制が確立しました。
●東本殿・西本殿で2015年(平成27年)4月に第34回式年遷宮の遷座祭(正遷宮(しょうせんぐう))が行われ、ご神体が仮殿がら遷されました。天皇の勅使(ちょくし)が御祭文(ごさいもん)を読み、警蹕(けいひつ)・雅楽(ががく)が暗闇に響く中、ご神体を御船代(みふなしろ)に載せて遷し、最後に神職らが礼舞を踊りました。
下鴨神社東本殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 西本殿】★★★修学旅行見どころ
西本殿は国宝(1953年(昭和28年)3月31日指定)です。西本殿は祝詞舎を挟んで、東本殿の反対側になります。西本殿は江戸時代後期の1863年(文久3年)に21年に1度行われる式年遷宮で建て替えられました。かつて式年遷宮で建て替えられていたが、現在は修復のみが行われています。なお西本殿は檜皮葺の三間社流造です。
(下鴨神社 西本殿・ポイント)
●西本殿は賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)を祀っています。賀茂建角身命は東本殿に祀られている玉依姫命の父になります。
●西本殿は母屋が約23平方メートルで、金と緑の獅子(しし)と銀と青の狛(こま)が置かれています。
下鴨神社西本殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 舞殿】★★修学旅行見どころ
舞殿(まいどの)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。舞殿では葵祭の際に天皇の勅使が紅紙(べにがみ)に書かれた御祭文を奏上し、雅楽の一種である東游(あづまあそび)が奉納されました。舞殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお舞殿は檜皮葺の入母屋造(いりもやづくり)です。
(下鴨神社 舞殿・ポイント)
●舞殿は桁行四間、梁間三間です。
●舞殿はかつて御所が被災した際、臨時の内侍所(ないしどころ・賢所(かしこどころ))に定められました。
下鴨神社舞殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 細殿】★★修学旅行見どころ
細殿(ほそどの)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。細殿は二重格天井(にじゅうごうてんじょう)になっています。細殿ではかつて天皇が行幸(ぎょうこう)した際などに歌会・茶会などが行われました。歌会などの記録が「神殿記」に残っています。細殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に建て替えられました。なお細殿は檜皮葺の入母屋造です。向拝(こうはい)は一間です。
(下鴨神社 細殿・ポイント)
●細殿は桁行五間・梁間二間です。
●細殿は第112代・霊元天皇(れいげんてんのう)が行幸した際に内侍所(ないしどころ)の奉安所(たいあんしょ)になり、第121代・孝明天皇(こうめいてんのう)の行幸に際には江戸幕府14代将軍・徳川家茂(とくがわいえもち)の侍所(さむらいどころ)にもなりました。
下鴨神社細殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 橋殿】★★修学旅行見どころ
橋殿(はしどの)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。橋殿は御手洗川(みたらしがわ)の上に建立されています。橋殿では古くから御戸代会(みとしろえ)などの神事や倭舞(やまとまい)などの芸能などが行われました。橋殿では毎年お正月に神事が行われています。橋殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に建て替えられました。なお橋殿は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 橋殿・ポイント)
●橋殿は桁行四間・梁間三間です。
●橋殿では中秋(ちゅうしゅう)に名月管絃祭(めいげつかんげんさい)も行われます。また御蔭祭(みかげまつり)の際に御神宝(ごしんぽう)が泰安されます。
下鴨神社橋殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 神服殿】★修学旅行見どころ
神服殿(しんぷくでん)は重要文化財(1903年(明治36年)4月15日指定)です。神服殿はかつて天皇の行幸の際に一室が玉座(ぎょくざ)になりました。またかつて神事に着る神服の奉製をする建物でした。神服殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)に造営されました。なお神服殿は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 神服殿・ポイント)
●神服殿は桁行五間、梁間四間です。
●神服殿は江戸時代後期の1854年(嘉永6年)の大火の際には第121代・孝明天皇が移りました。
下鴨神社神服殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 幣殿】
幣殿(へいでん)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。幣殿は正面中央軒に軒唐破風(のきからはふ)があります。幣殿は宮中からの供物(くもつ)である幣帛(へいはく)を奉っていました。幣殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお幣殿は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 幣殿・ポイント)
●幣殿は桁行七間・梁間二間です。
下鴨神社幣殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 大炊殿】
大炊殿(おおいどの)は重要文化財(1903年(明治36年)4月15日指定)です。大炊殿ではご飯・お餅などの神饌(しんせん)の調理などを行いました。土間の竈(かまど)で煮炊き、中の間の台所で食材を洗い、奥の間で盛り付けを行いました。大炊殿は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、その後江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に再建されました。かつては魚貝類・鳥類を調理する贄殿(にえどの)や酒殿(さかどの)もありました。なお幣殿は本瓦葺(ほんがわらぶき)の切妻造(きりづまづくり)です。
(下鴨神社 大炊殿・ポイント)
●大炊殿は桁行五間・梁間三間です。
●大炊殿には調理の為の井戸・御井(みい)もあります。
下鴨神社大炊殿(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 供御所】
供御所(くごしょ)は重要文化財(1903年(明治36年)4月15日指定)です。供御所には東の間・中の間・西の間があります。東の間は神饌を調理し、中の間は魚介類を調理し、西の間は神職が勧盃(けんぱい)の儀などを行いました。供御所は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお供御所は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 供御所・ポイント)
●供御所は桁行九間・梁間三間です。
●供御所の中の間は贄殿(にえどの)・西の間は侍所(さむらいどころ)とも言われました。
下鴨神社供御所(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 預屋】
預屋(あずかりや)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。預屋はかつて神事の際に神職の控室として使われました。預屋は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお預屋は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 預屋・ポイント)
●預屋は桁行五間・梁間三間です。
●預屋は現在儀式殿として使われています。

【下鴨神社 叉蔵】★修学旅行見どころ
叉蔵(またぐら)は重要文化財(1967年(昭和42年)6月15日指定)です。叉蔵は校倉造(あぜくらづくり)の建物です。叉蔵には御神宝を保管しています。叉蔵は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお叉蔵は本瓦葺の入母屋造です。
(下鴨神社 叉蔵・ポイント)
●叉蔵は桁行三間・梁間三間です。
●叉蔵では1991年(平成3年)1月に次回の式年遷宮(1994年(平成6年))の為の修理中に叉蔵の桔木(はねぎ)の墨書(ぼくしょ)が発見されました。桔木の墨書には「五年四月二十八日 神与兵衛」と記されていました。
下鴨神社叉蔵(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 祝詞舎】
祝詞舎(のりとしゃ)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。祝詞舎は東本殿と西本殿の間にあり、南端が幣殿に接続しています。祝詞舎は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお祝詞舎は北端が唐破風造(からはふづくり)で、檜皮葺です。
(下鴨神社 祝詞舎・ポイント)
●祝詞舎は桁行五間、梁間一間です。
下鴨神社祝詞舎(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 東西御料屋】
東西御料屋(とうざいごりょうや)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。東西御料屋は幣殿の東西端にあり、神饌の準備をし、盛り付けを行っていました。東西御料屋は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお東西御料屋は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 東西御料屋・ポイント)
●細殿は桁行四間・梁間三間です。

【下鴨神社 楼門】★★修学旅行見どころ
楼門(ろうもん)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。楼門は三間一戸(さんげんいっこ)の楼門です。左右に廻廊(重要文化財)があり、西廻廊に剣の間が設けられ、天皇の勅使が剱(けん)を解きます。楼門は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお楼門は檜皮葺の入母屋造です。
(下鴨神社 楼門・ポイント)
●楼門は高さ約13メートルです。
●楼門では葵祭の前儀・歩射神事(ぶしゃしんじ)で楼門の屋根を越えるように鏑矢(かぶらや)を放つ屋越式(やごししき)が行われ、邪気を祓います。
下鴨神社楼門(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 西唐門】
西唐門(にしからもん)は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。西唐門は一間一戸(いっけんいこ)の向唐門(むかいからもん )です。西唐門には欄間(らんま)に葡萄(ぶどう)の紋様があり、葡萄門とも言われています。西唐門は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお西唐門は檜皮葺です。
(下鴨神社 西唐門・ポイント)
●西唐門は門をくぐる人にお祓いするという意味があるそうです。
下鴨神社中門・西唐門(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 中門】
中門は重要文化財(1901年(明治34年)8月2日指定)です。中門は弊殿に繋がる四脚門(しきゃくもん)です。中門は本殿への最初の祓所(はらいしょ)になります。中門の左右には雅楽を奏した楽屋(がくのや)があります。中門は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお中門は檜皮葺の切妻造です。
(下鴨神社 中門・ポイント)
●中門の左右にある楽屋も重要文化財です。

【下鴨神社 糺の森】★★修学旅行見どころ
糺の森(ただすのもり)は国の史跡です。糺の森は約12万平方メートルあり、山背(やましろ)原野の原生樹林と同じ植生を現在も残していると言われています。糺の森はかつて約495万平方メートルの広さがあったそうです。なお糺の森は京都の自然200選にも選ばれています。
(下鴨神社 糺の森・ポイント)
●糺の森では相生社の連理の賢木(れんりのさかき)が枯れるとどこかで2本の木が1本に結ばれると言われています。

【下鴨神社 馬場】★修学旅行見どころ
馬場は境内に3つあります。古馬場は河合神社の西にあり、奈良時代以前から使用されていたとも言われています。なお糺の森の馬場は長さ約350メートルです。
(下鴨神社 馬場・ポイント)
●馬場では5月の流鏑馬神事(やぶさめしんじ)に使われます。

【下鴨神社 光琳の梅】
光琳の梅は境内を流れる御手洗川に架けられた輪橋(そりはし)近くにあります。光琳の梅は紅梅です。光琳の梅は絵師・尾形光琳(おがたこうりん)が描いた「紅白梅図屏風(国宝)」のモデルの後継樹と言われています。
下鴨神社光琳の梅(概略・見どころ・・・)

【下鴨神社 さざれ石】
さざれ石は参道脇にあり、神霊が宿ると言われています。さざれ石はちいさな石という意味です。さざれ石は年とともに大きく成長し、岩になると信じられているそうです。なおさざれ石は国歌「君が代」の中にも歌われています。

【下鴨神社 葵の庭】
葵の庭は大炊殿近くにあります。葵の庭に葵祭の由来になっている二葉葵(ふたばあおい)やカリン(花梨)・ヌルデ(白膠木)・クチナシ(梔子)・カツラ(桂)・ヤマウコギ(山五加)などの薬草が栽培されています。カリンの古木がよく知られ、カリンの庭とも言われています。
(下鴨神社 葵の庭・ポイント)
●葵の庭で栽培された薬草は大炊殿で御薬酒などに調製されました。

【下鴨神社 河合神社】★★修学旅行見どころ
摂社・河合神社(かわいじんじゃ)は平安時代前期の858年(天安2年)に下鴨川合神が従五位上を授けられたと記され、それ以前から祀られていたと言われています。なお河合神社は鎌倉時代の随筆「方丈記(ほうじょうき)」を記した鴨長明(かものちょうめい)にゆかりがあります。
(下鴨神社 河合神社・ポイント)
●河合神社は女性の守護神で、日本第一の美麗神と言われる玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祀り、縁結び・安産などのご利益があると言われています。
下鴨神社摂社・河合神社(アクセス・・・)

【下鴨神社 相生社】★修学旅行見どころ
末社・相生社(あいおいのやしろ)は起源が明確ではありません。相生社には2本の木が途中から1本に結ばれた連理の賢木があり、縁結びのご利益があると言われています。
(下鴨神社 相生社・ポイント)
●相生社は縁結びの神・神皇産霊神(かむむすびのかみ)を祀っています。
下鴨神社末社・相生社(アクセス・・・)

【下鴨神社 御手洗社】★修学旅行見どころ
末社・御手洗社(みたらししゃ)は加茂川(鴨川)と高野川の合流地の東岸にあった唐先社が起源とも言われています。御手洗池はみたらし団子の発祥の地と言われています。なお御手洗社は井上社(いのうえしゃ)とも言われています。
(下鴨神社 御手洗社・ポイント)
●御手洗社は祓戸四神の一神で、災厄抜除の女神である瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)を祀っています。
下鴨神社末社・井上社(アクセス・・・)

【下鴨神社 言社】★修学旅行見どころ
末社・言社(ことしゃ)は起源が明確ではありません。言社には7つの社があり、巳(み)・未(ひつじ)は一言社(東社)、午(うま)は一言社(西社)、子(ね)は二言社(北社)、丑(うし)・亥(い)は二言社(南社)、卯(う)・酉(とり)は三言社(北社)、寅(とら)・戌(いぬ)は三言社(中社)、辰(たつ)・申(さる)は三言社(南社)が守護神になっています。
(下鴨神社 言社・ポイント)
●言社は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っています。
下鴨神社末社・言社(アクセス・・・)

【下鴨神社 御蔭神社】
摂社・御蔭神社(みかげじんじゃ)は紀元前から御生神事が始まったとも、社伝によると古代から山背北部豪族が祭祀を行っていたとも言われています。また飛鳥時代の677年(天武天皇6年)に山背国司が造営した賀茂神宮があったとも言われています。
(下鴨神社 御蔭神社・ポイント)
●御蔭神社がある御蔭山は御生山(みあれやま)とも言われ、神体山(しんたいさん)とされています。
下鴨神社摂社・御蔭神社(アクセス・・・)

【下鴨神社 摂社末社】
摂社末社には河合神社・御蔭神社・相生社・御手洗社・言社以外にも出雲井於神社(いづもいのへのじんじゃ)・賀茂波爾神社(かもはにじんじゃ)・三井神社・日吉神社・愛宕社・稲荷社などがあります。
(下鴨神社 出雲井於神社・ポイント)
●出雲井於神社は賀茂氏と同じ祖先を持つ氏族・持葛野主殿県主部(かどののとのもりのあがたぬしら)が祖神として祀ったのが起源とも言われています。
下鴨神社摂社・出雲井於神社(アクセス・・・)

【下鴨神社 葵祭】
葵祭(あおいまつり)毎年5月15日に行われています。葵祭は正式には賀茂祭(かもまつり)と言います。葵祭は祭儀に関わる全ての人や社殿の御簾(みす)・牛車(御所車)に至るまで二葉葵を桂の小枝に挿し飾ることに由来します。なお葵祭は祇園祭・時代祭とともに京都三大祭りと言われています。
下鴨神社葵祭(日程・・・)

【下鴨神社 蛍火の茶会】
蛍火の茶会(ほたるびのちゃかい)は毎年6月に行われています。蛍火の茶会では糺の森などで集められた蛍数百匹が御手洗川などに放たれます。なお蛍火の茶会は明治時代に御手洗川で行われていた納涼茶席に由来し、1991年(平成3年)に約100年振りに再興させました。
下鴨神社蛍火の茶会(日程・・・)

【下鴨神社 上賀茂神社】
上賀茂神社とはかつて一体で、賀茂社と言われていました。上賀茂神社(賀茂別雷神社)は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。
(下鴨神社 上賀茂神社・ポイント)
●上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命は東本殿に祀られている玉依姫命の子になります。
上賀茂神社(アクセス・・・)

【下鴨神社 備考】
下鴨神社(アクセス・・・)基本情報下鴨神社七不思議
*参考・・・下鴨神社(アクセス・・・)ホームページ

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