北野天満宮見所ランキング-修学旅行・観光必見

北野天満宮一の鳥居・北野天満宮見どころ

北野天満宮見所ランキング

北野天満宮見所ランキングを紹介しています。北野天満宮への修学旅行・観光で見逃せない見所をランキングしました。1位が本殿・拝殿・石の間・楽の間(国宝)、2位が星欠けの三光門(重要文化財)、3位が祭神・菅原道真にゆかりの牛と梅です。(北野天満宮見所下記参照)

北野天満宮見どころ一覧

【北野天満宮 歴史・簡単概要】
北野天満宮(きたのてんまんぐう)とは平安時代中期の947年(天暦元年)に西ノ京に住んでいた多治比文子(たじひのあやこ)・近江(滋賀)比良宮(ひらのみや)の神主である神良種(みわのよしたね)・北野朝日寺(東向観音寺(ひがしむかいかんのんじ))の僧である最珍(さいちん・最鎮)らが神殿を建立し、祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀ったのが起源です。903年(延喜3年)に菅原道真が左遷された大宰府で没し、942年(天慶5年)に多治比文子に宣託があり、947年(天暦元年)に神良種の子・太郎丸に再び託宣があったとも言われています。その後959年(天徳3年) に菅原道真の左遷の原因になった左大臣・藤原時平(ふじわらのときひら)の甥で、右大臣・藤原師輔(ふじわらのもろすけ)が私邸を寄贈し、大規模な社殿が建立されました。
北野天満宮歴史年表

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【北野天満宮1位 本殿・見所解説】
ランキング1位は本殿・拝殿・石の間・楽の間(国宝)です。本殿・拝殿は石の間で繋がり、拝殿の左右に楽の間がある複雑な建築様式になっており、本殿などの社殿の周りを歩くとその複雑さと総面積約500坪の大きさを実感できます。社殿には精緻な彫刻や黄金色に輝く装飾が施された桃山建築で、彫刻・装飾などを確認するのもおすすめです。北野天満宮では祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)の縁日である毎月25日に天神市が行われるだけでなく、ライトアップも行われ、本殿などの社殿の吊燈籠に火が灯され、幻想的な光景を見ることができます。天神市やライトアップも楽しみましょう。なお本殿などの社殿は一の鳥居・楼門をくぐった一直線上になく、筋違いの本殿として北野天満宮七不思議に数えられています。北野天満宮が創建される前に既に天神地祇(てんしんちぎ)の神々を祀る摂社・地主社(じぬししゃ)が祀られており、地主社が一直線上の楼門参道の正面に祀られています。
(本殿・ポイント)
●本殿・拝殿・石の間・楽の間は江戸時代初期の1607年(慶長12年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が父・秀吉の遺志を受け継いで建立しました。社殿はかつて947年(天暦元年)に建立され、959年(天徳3年) に大規模な社殿が建立されました。その後度々焼失し、1444年(文安元年)の文安の麹騒動(ぶんあんのこうじ そうどう)でも北野天満宮一帯が室町幕府の攻撃で焼失しました。なお2020年(令和2年)7月に1607年(慶長12年)の建立以来、初めての本格的な本殿内部の修復が完了しました。
●本殿・拝殿・石の間は1棟として、権現造(ごんげんづくり)・八棟造(やつむねづくり)と言われています。
●本殿は主祭神に菅原道真、相殿に道真の長男・中将殿(菅原高視(すがわらのたかみ))と正室の吉祥女(島田宣来子(しまだののぶきこ))を祀っています。
本殿見所(歴史概略・・・)

【北野天満宮2位 三光門・見所解説】
ランキング2位は三光門(重要文化財)です。三光門(中門)は本殿の前に建立されています。三光門には一般的に日・月・星が彫刻され、その名称の由来になっています。しかし北野天満宮の三光門には真っ赤な太陽と金色の月があるが、星が見当たらずに星欠けの三光門と言われ、北野天満宮七不思議に数えられています。ちなみに星が欠けているのは御所の正殿・大極殿(だいごくでん)から夜空を眺めると三光門の上に北極星が輝くことからとも言われています。三光門をくぐって本殿に参拝する際には真っ赤な太陽と金色の月や勅額「天満宮」を確認してから本殿に参拝しましょう。なお北野天満宮は大極殿の北北西にあります。
(三光門・ポイント)
●三光門は江戸時代初期の1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。
●三光門は第111代・後西天皇(ごさいてんのう)自筆の勅額「天満宮」が掲げられています。
三光門見所(歴史概略・・・)

【北野天満宮3位 牛・見所解説】
ランキング3位は牛です。牛は祭神・菅原道真のお使いとされています。ちなみに室町時代作の「北野天神縁起絵巻(国宝)」には序文に門前で休む茶色と黒色の牛が描かれ、絵巻物の巻五に菅原道真の遺骸を運ぶ茶色と白色のまだら模様の牛が描かれています。北野天満宮では境内に撫でると一つだけ願いが叶うとも言われている一願成就のお牛さんを祀る牛舎(うししゃ)が祀られ、頭を撫でると頭がよくなるととも、体の悪い場所と同じ場所を撫でると治るとも言われているなで牛(撫で牛・撫牛)が置かれています。牛舎のなで牛は境内最古のなで牛と言われています。学生さんはなで牛の頭を撫で、体の悪い方は悪い部分を撫でてご利益を授かるといいかもしれません。なお北野天満宮の牛は伏した姿をしているが、拝殿の欄間(らんま)に立ち姿の牛が刻まれ、北野天満宮七不思議に数えられています。
(牛・ポイント)
●牛は「菅原道真が生まれたのが丑年(乙丑(きのとうし))」・「菅原道真亡くなったのが丑の月の丑の日」・「菅原道真の墓所の位置は牛が決めた」などから祭神・菅原道真のお使いとされています。
牛見所(歴史概略・・・)

【北野天満宮3位 梅・見所解説】
ランキング3位は梅です。梅は祭神・菅原道真がこよなく愛しました。梅は北野天満宮の神紋・梅鉢に使われています。北野天満宮では本殿前に松とともにご神木・紅和魂梅(べにわこんばい)が植えられ、境内・梅苑に寒紅梅・雲龍梅・思いのまま・月の桂・黒梅など50種・約1,500本の梅が植えられています。梅苑では例年2月上旬頃から3月中旬頃に見ごろを迎え、梅苑や境内を散策しながら梅を楽しみましょう。ちなみに北野天満宮では梅が見ごろを迎える毎年2月25日に天神市だけでなく、梅花祭・梅花祭野点大茶湯も行われ、梅花祭野点大茶湯では上七軒の舞妓・芸妓の奉仕による野点を楽しむことができます。天神市と梅花祭野点大茶湯を一緒に楽しみましょう。なお北野天満宮では境内で実った梅の実は採取・加工され、12月13日から大福梅として授与されます。大福梅は平安時代中期頃から新年の祝膳に用いられているとも言われています。
(梅・ポイント)
●祭神・菅原道真は大宰府への左遷前に「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(拾遺和歌集)」と詠み、その後梅が道真を慕って一晩の内に大宰府に飛来したという飛梅伝説が生まれました。
梅見所(歴史概略・・・)北野天満宮梅見ごろ

【北野天満宮番外 御土居・見所解説】
ランキング番外は御土居(国の史跡)です。御土居は境内西側にあるもみじ苑内で、紙屋川沿いにある土塁です。御土居は安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が外敵の侵入を防いだり、鴨川の氾濫から町を守る為、町を囲むように東側は鴨川・北側は鷹ヶ峯・西側は紙屋川・南側は九条あたりに築かれました。ただ御土居は南北約8.5キロ・東西約3.5キロの縦長い形をしているが、川・池・沼などを利用していることから西側に数箇所凹凸があったりします。御土居は規則正しい正方形や長方形などの形をしていません。御土居は延長約22.5キロも築かれたとも言われ、境内には長さ約250メートルが残され、現存する御土居の遺構として最長とも言われています。御土居はその歴史を感じることができます。御土居では内側が洛中、外側が洛外と言われ、その出入口に鞍馬口・丹波口など七口が設けられました。なお御土居の内、1930年(昭和5年)に北区紫竹上長目町・堀川町(加茂川中学校など)、北区大宮土居町、北区鷹峯旧土居町2番地、北区鷹峯旧土居町3番地(御土居史跡公園)、北区紫野西土居町、北区平野鳥居前町、上京区北之辺町(廬山寺)、中京区西ノ京原町 (市五郎神社)が国の史跡に指定されました。北野天満宮は1965年(昭和40年)に国の史跡に指定されました。
(御土居・ポイント)
●御土居は安土桃山時代の1591年(天正19年)に関白・豊臣秀吉が京都改造事業のひとつとして築きました。1591年(天正19年)1月に着工され、同年3月頃に完成したとも言われています。
御土居見所(歴史概略・・・)

【北野天満宮見所ランキング 備考】
*参考・・・京都・北野天満宮(アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

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