南禅寺見どころ・簡単まとめ(修学旅行)

南禅寺三門・南禅寺見どころ

南禅寺見どころ

南禅寺見どころ・簡単まとめ(修学旅行)。【2020年11月5日更新】南禅寺見どころ・三門(重要文化財)は高さ約22メートルで、「天下竜門」とも言われました。三門は石川五右衛門が「絶景かな・・・」と見得を切る「南禅寺山門の場」とされています。ただ三門は石川五右衛門の死後、30年以上経ってから建立されました。(南禅寺見どころ下記参照)

【南禅寺見どころ 基礎知識】
南禅寺(なんぜんじ)は鎌倉時代後期の1264年(文永元年)に第88代・後嵯峨天皇(ごさがてんのう)が営んだ離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)があった場所です。1291年(正応4年)に亀山法皇(第90代・亀山天皇(かめやまてんのう))が大明国師(だいみょうこくし)・無関普門(むかんふもん)を開山として離宮を寺院に改め、龍安山禅林禅寺(りょうあんざんぜんりんぜんじ)と名付けたと言われています。南禅寺は皇室発願の最初の禅寺になりました。南禅寺は室町時代に隆盛を極め、京都五山(天龍寺(てんりゅうじ)・相国寺(しょうこくじ)・建仁寺(けんにんじ)・東福寺(とうふくじ)・万寿寺(まんじゅじ))、及び鎌倉五山(建長寺(けんちょうじ)・円覚寺(えんがくじ)・寿福寺(じゅふくじ)・浄智寺(じょうちじ)・浄妙寺(じょうみょうじ))の上に置かれ、別格扱いの「五山之上」に列せられました。
南禅寺歴史(起源・・・)

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【南禅寺 方丈・見どころ】★★★修学旅行
方丈は国宝(1953年(昭和28年)11月14日指定)です。方丈は大方丈と小方丈に分かれています。大方丈には内陣(仏間)・御昼の間・鳴滝の間・麝香(じゃこう)の間・鶴の間・西の間・柳の間・六畳・狭屋( さや )の間・広縁(ひろえん)があり、小方丈には虎の間・3室(九畳・六畳・二十畳)・広縁があります。大方丈は安土桃山時代の天正年間(1573年~1593年)に后(女院(にょいん))の為の女院御所の対面御殿として造営され、慶長年間(1596年~1615年)の御所建て替えの際に賜り、江戸時代前期の1611年(慶長16年)に再建されました。小方丈は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に建立されました。なお大方丈はこけら葺(こけらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)、小方丈はこけら葺の切妻造(きりづまづくり)です。
(南禅寺 方丈・ポイント)
●大方丈には仏間以外に狩野派(かのうは)の絵師が描いた障壁画(重要文化財)があります。ただ女院御所から移した際に配置・構成が大幅に変更されたそうです。
●小方丈には虎の間に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いたと言われている群虎図があります。
●小方丈は関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が築城した伏見城の遺構とも言われています。
●大方丈は寺伝によると女院御所の対面御殿ではなく、御所・清涼殿(せいりょうでん)が移されたとされています。清涼殿は平安時代中期に天皇の御殿とされ、日常の政務や四方拝(しほうはい)・叙位(じょい)・除目(じもく)などの行事が行われるようになりました。
南禅寺方丈・見どころ

【南禅寺 三門・見どころ】★★★修学旅行
三門は重要文化財(1899年(明治32年)4月5日指定)です。三門は五間三戸二階二重門(ごけんさんこにかいにじゅうもん)で、両側に山廊(さんろう)があります。三門は「天下竜門(てんかのりゅうもん)」とも言われ、二階は五鳳楼(ごほうろう )と言われています。二階には天井に狩野探幽・土佐徳悦が描いた極彩色の鳳凰(ほうおう)・天人(てんにん)図があります。三門は鎌倉時代後期の1295年(永仁3年)に西園寺実兼(さいおんじさねかね)の寄進によって建立され、南北朝時代の応安年間(1368年~1375年)に改築されたが、室町時代中期の1447年(文安4年)の火災で焼失しました。三門は江戸時代前期の1615(元和元年)の大坂夏の陣で戦死した一門の武士の冥福を祈る為、1628年(寛永5年)に武将・藤堂高虎(とうどうたかとら)が寄進して建立されました。なお三門は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造、山廊は本瓦葺の切妻造です。
(南禅寺 三門・ポイント)
●三門は山廊が桁行三間・梁間二間です。
●三門は高さ約22メートルです。
●三門は二階に宝冠釈迦(ほうかんしゃか)座像・月蓋長者(がっかいちょうじゃ)像・善財童士(ぜんざいどうじ)像・十六羅漢(じゅうろくらかん)像が安置されています。また本光国師(ほんこうこくし)像・徳川家康(とくがっわいえやす)像・藤堂高虎像と一門の重臣の位牌(いはい)なども安置されています。
●三門は歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんの きり)」で、安土桃山時代の盗賊・石川五右衛門(いしかわごえもん)が「絶景かな、絶景かな。・・・」と見得を切る「南禅寺山門の場」とされています。ただ三門は石川五右衛門の死後(1594年(文禄3年))、30年以上経ってから建立されました。
●三門は知恩院(ちおんいん)の三門・東本願寺(ひがしほんがんじ)の御影堂門(ごえいどうもん)とともに京都三大門と言われています。また日本三大門にも数えられています。
南禅寺三門・見どころ

【南禅寺 水路閣・見どころ】★★★修学旅行
水路閣(すいろかく)は境内の南東にあり、琵琶湖疏水(びわこそすい)第一疏水分線が流れています。水路閣は2時間ドラマなどの撮影によく使われ、観光名所になっています。水路閣は1888年(明治21年)に京都府御用掛で、土木技術者・田辺朔郎(たなべさくろう)が設計して建設されました。なお水路閣は花崗岩(かこうがん)と煉瓦造(れんがづくり)です。
南禅寺水路閣詳細・見どころ
(南禅寺 水路閣・ポイント)
●水路閣は延長約93.1メートル・幅約4.06メートル・水路直径約2.4メートルで、最も高い場所は約13メートルあります。水路閣には2基の橋台・13基のアーチ型の橋脚があります。
南禅寺水路閣・見どころ

【南禅寺 勅使門・見どころ】★修学旅行
勅使門は重要文化財(1956年(昭和31年)6月28日指定)です。勅使門は虹梁(こうりょう)などに龍・麒麟(きりん)・孔雀(くじゃく)・松・牡丹(ぼたん)・雲・波などの透かし彫りがされています。勅使門は安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に御所・日ノ御門(ひのみかど)として造営され、江戸時代前期の1641年(寛永18年)に第109代・明正天皇(めいしょうてんのう)から賜って建立しました。なお勅使門は檜皮葺(ひわだぶき)の切妻造です。
(南禅寺 勅使門・ポイント)
●勅使門は天皇や勅使(ちょくし)の来山の際に限って開かれました。ただ勅使門は現在は住持(じゅうじ・住職)の就任の際に開かれます。
南禅寺勅使門・見どころ

【南禅寺 法堂・見どころ】★修学旅行
法堂では法式行事や法要が行われます。法堂は天井に日本画家・今尾景年(いまおけいねん)が描いた雲龍図があります。法堂はかつて南禅寺創建時に建立されたが、室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))で焼失し、1479年(文明11年)頃に再建され、江戸時代初期の1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)の寄進によって大改築されました。しかし1893年(明治26年)の火災で焼失し、1909年(明治42年)に再建されました。なお法堂は本瓦葺の入母屋造です。法堂は一重もこし(裳階)付きです。
(南禅寺 法堂・ポイント)
●法堂は本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)、右に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、左に普賢菩薩(ふげんぼさつ)を安置しています。
●法堂では1990年(平成2年)に開山大明国師(だいみょうこくし)700年大遠忌(だいおんき)記念行事として、屋根の茸替え工事・敷瓦取り替え工事が行われました。
南禅寺法堂・見どころ

【南禅寺 雲龍図・見どころ】
雲龍図・幡龍(ばんりゅう)は法堂の天井にあります。雲龍図は明治時代から大正時代に掛けて活躍した京都画壇・四条派(しじょうは)の日本画家・今尾景年が描きました。雲龍図は今尾景年畢生(一生涯)の大作と言われているそうです。
(南禅寺 雲龍図・ポイント)
●法堂は通常入堂できないが、雲龍図は外側から見ることができます。

【南禅寺 本坊・見どころ】★修学旅行
本坊(庫裏)は本来台所だが、寺務所としても使われています。本坊は天井のない吹き抜けになっています。なお本坊の滝の間では清涼の滝を眺めながら抹茶(有料)を味わこともできるそうです。なお本坊には大玄関があり、特別な行事の際に限って使われます。
(南禅寺 本坊・ポイント)
●本坊は韋駄尊天を安置しています。
南禅寺本坊(庫裏)・見どころ

【南禅寺 中門・見どころ】
中門は勅使門の南側にあり、南禅寺の入り口です。中門は1601年(慶長6年)に松井康之(まついやすゆき)から伏見城・松井邸の門を寄進され、勅使門になりました。しかし御所・日ノ御門を賜ったことから日ノ御門が勅使門になり、現在の場所に移されました。
(南禅寺 中門・ポイント)
●中門を寄進した松井康之は武将だけでなく、優れた茶人だったそうです。
●中門は幕末までは脇門と言われていたそうです。
南禅寺中門・見どころ

【南禅寺 方丈庭園・見どころ】★★修学旅行
方丈庭園・虎の子渡しの庭は名勝です。方丈庭園は大方丈の南にあります。方丈庭園は築地塀に囲まれ、約120坪あります。方丈庭園は江戸時代初期の代表する枯山水式庭園です。方丈庭園は1611年(慶長16年)頃に小堀遠州が作庭したと言われています。
(南禅寺 方丈庭園・ポイント)
●虎の児渡しの庭の名称は中国の説話「癸辛雑識」にある母虎が子を連れて渓流を渡ることに由来しています。
南禅寺方丈庭園・見どころ

【南禅寺 小方丈庭園・見どころ】
小方丈庭園・如心庭(にょしんてい)は白砂に「心」の字形に石を配置した枯山水庭園です。小方丈庭園は1966年(昭和41年)に管長・柴山全慶(しばやまぜんけい)が「心を表現せよ」と指示して作庭されました。なお柴山全慶は花園大学・大谷大学で教授を歴任したそうです。
南禅寺小方丈庭園・見どころ

【南禅寺 六道庭・見どころ】
六道庭(ろくどうてい)は六道輪廻の戒めを表現した庭園です。六道輪廻は天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の6つの世界を人間は何度も生まれ変わり、彷徨い続けるという仏教の世界観を表しているそうです。六道庭は苔の中に石が配置された庭園です。なお六道庭は1967年(昭和42年)に作庭されました。
南禅寺六道庭・見どころ

【南禅寺 放生池・見どころ】
放生池(ほうじょうち)は参道沿いにある駐車場に隠れるようにあります。放生池には蓮が植えられ、例年初夏に見ごろを迎えます。放生池は捕らえた魚などを殺さずに放す放生会(ほうじょうえ)を行う為の池です。

【南禅寺 桜・紅葉・見どころ】
南禅寺は桜の名所・紅葉の名所です。山内には染井吉野・八重桜など約100本の桜の木が植えられ、例年4月上旬頃に見ごろを迎えます。なお紅葉は例年11月中旬頃から11月下旬頃に見ごろを迎えます。
南禅寺桜見ごろ南禅寺紅葉見ごろ

【南禅寺 南禅院・見どころ】★修学旅行
南禅院(なんぜんいん)は別院です。南禅院は鎌倉時代に亀山上皇(第90代・亀山天皇)が母・大宮院の為に造営した離宮・禅林寺殿の上の御所(上の宮)があった場所です。南禅院は1287年(弘安10年)に上の御所に持仏堂が建立されたのが起源と言われています。南禅院は南禅寺発祥の地と言われています。
(南禅寺 南禅院・ポイント)
●南禅院は庭園が史跡・名勝になっています。
南禅院(アクセス・・・)

【南禅寺 金地院・見どころ】★修学旅行
金地院(こんちいん)は塔頭(たっちゅう)です。金地院は応永年間(1394年~1427年)に室町幕府4代将軍・足利義持が南禅寺68世・大業徳基を開山として洛北鷹ケ峯に創建したのが起源と言われています。
(南禅寺 金地院・ポイント)
●金地院の鶴亀の庭は小堀遠州が作庭した資料が唯一残っている枯山水の庭園です。
金地院(アクセス・・・)

【南禅寺 塔頭・見どころ】★修学旅行
南禅院・金地院以外にも天授庵(てんじゅあん)・真乗院(しんじょういん)・大寧軒(だいねいけん)・聴松院(ちょうしょういん)・慈氏院(じしいん)・牧護庵(ぼくごあん)・南陽院(なんよういん)などの塔頭があります。
(南禅寺 塔頭・ポイント)
●天授庵は1339年(暦応2年)に虎関師錬が光厳天皇の勅許により、無関普門の塔所として、建立したのが起源です。
天授庵(アクセス・・・)
●真乗院は1450年(宝徳2年)に南禅寺139世・香林宗簡が創建したとも言われています。
真乗院(アクセス・・・)

【南禅寺 湯豆腐店・見どころ】
山内周辺は湯豆腐の発祥地とされ、湯豆腐の老舗などがあります。ちなみに湯豆腐は室町時代以降に生まれたと言われているそうです。なお湯豆腐は1799年(寛政11年)の「都林泉名勝図会(みやこりんせんめいしょうずえ)」に紹介されています。

【南禅寺見どころ 備考】
南禅寺(アクセス・・・)基本情報
*参考・・・南禅寺(アクセス・・・)ホームページ

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