知恩院試し撞き2015/12/27

知恩院試し撞き

試し撞き2015(日程・時間・・・)を紹介しています。試し撞きは毎年12月27日に行われます。試し撞きは大晦日の除夜の鐘の前に本番さながらに行われます。知恩院の大鐘(梵鐘)は日本最大級の大きさと言われ、親綱1人・子綱16人の僧侶が撞く特殊な方法で撞かれます。

【試し撞き2015 日程時間(要確認)】
試し撞き2015は2015年12月27日(水曜日)14:00から行われます。

【試し撞き2015・知恩院 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市東山区林下町400
最寄り駅・バス停・・・知恩院前(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から知恩院は206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは12系統、46系統、201系統、203号系統
*四条烏丸からは46系統、201系統、203号系統
*河原町丸太町からは202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【試し撞き 歴史・簡単概要】
知恩院試し撞きは大晦日の除夜の鐘の前に本番さながらに行われます。知恩院の大鐘(梵鐘)は日本最大級の大きさを誇ることから親綱1人・子綱16人の僧侶が撞く特殊な方法で撞かれます。親綱を持つ僧侶が「えーい、ひとーつ」と掛け声を掛けると子綱を持つ16人の僧侶が「そーれ!」と言って、親綱・子綱の17人の僧侶が体全体を使って最大限の力で撞木(しゅもく)を引き、約1分間隔で大鐘を鳴らします。そして大鐘の周りでは数取り役の僧侶が大鐘を撞くタイミングを知らせ、僧侶3人が大鐘が撞かれるごとに五体投地の礼拝(らいはい)を行います。なお知恩院の大鐘が撞かれるのは除夜の鐘と浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)の御忌大会の時だけだそうです。
●除夜の鐘は煩悩の数と同じ108回鐘を撞き、1年間の煩悩を払い、清らかな心で新年を迎える行事です。
●大鐘(梵鐘)は重要文化財で、1636年(寛永13年)に鋳造されました。大鐘は高さ約3.3メートル・口径約2.8メートル・重さ約70トン(1万8000貫)です。なお大鐘は東大寺の梵鐘・方広寺の梵鐘と合わせて、日本三大梵鐘と言われています。
●大鐘を釣る大鐘楼は重要文化財で、1678年(延宝6年)に建立されました。大鐘楼は本瓦葺の入母屋造で、四方の主柱と8本の支柱で大鐘を支えています。

【知恩院 歴史・簡単概要】
知恩院(ちおんいん)は平安時代後期の1175年(承安5年)に浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が東山・吉水(よしみず)に草庵を結び、専修念仏(せんじゅねんぶつ)を布教したのが起源です。知恩院は当初吉水御坊・大谷禅坊などと称されていました。その後鎌倉時代にの1227年(嘉禄3年)に比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の衆徒によって破壊されたが、1234年(文暦元年)に法然上人の弟子・勢観房源智(せいかんぼうげんち)が再興し、第87代・四条天皇から寺号「華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざんちおんきょういんおおたにでら)」を賜りました。しかしその後の火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって焼失しました。江戸時代初期の1608年(慶長13年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が伽藍を建立し、2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)と3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が引き継ぎました。なお法然上人は唐の高僧・善導(ぜんどう)の著作「観経疏(かんぎょうしょ・観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ))」を読み、六字名号「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と一心に声高くた称えることにより、人々が極楽往生できるという専修念仏の思想に開眼しました。
知恩院は浄土宗の総本山です。
*参考・・・知恩院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ知恩院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【試し撞き2015 備考】*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
知恩院試し撞き2015で撞かれる大鐘は1922年(大正11年)にアインシュタインが音の実験を行ったそうです。
大晦日は20:30に開門され、22:10頃から集会堂・22:35頃から大鐘楼で法要が行われ、22:40頃から除夜の鐘が撞かれます。
知恩院(アクセス・見どころ・・・)情報

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