醍醐寺-修学旅行・観光見所ランキング

醍醐寺見どころ

醍醐寺見所ランキング

醍醐寺見所ランキングを紹介しています。醍醐寺への修学旅行・観光で見逃せない見所をランキングしました。1位が高さ約38メートルの五重塔(国宝)、2位が本尊を安置する金堂(国宝)、3位が西大門と日本さくら100選に選ばれている桜です。(醍醐寺見所記参照)

醍醐寺見どころ一覧

【醍醐寺 歴史・簡単解説】
醍醐寺(だいごじ)とは平安時代前期の874年(貞観16年)に真言宗(しんごんしゅう)の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)の孫弟子である理源大師(りげんだいし)・聖宝(しょうぼう)が上醍醐山上で地主・横尾明神(よこおみょうじん)の示現により、醍醐水の霊泉を得て小堂宇を建立し、准胝観音(じゅんていかんのん)・如意輪観音(にょいりんかんのん)を安置したのが起源と言われています。聖宝は醍醐山に登った際に出会った老翁に「我はこの山の地主の横尾明神である。この山を和尚に献ずる。密教を広められよ」と言われたそうです。醍醐寺は当初私寺で、顕密(けんみつ)兼学でした。907年(延喜7年)に第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)の御願により、薬師堂が建立されて薬師三尊が造立され、五大堂が落成すると上醍醐の伽藍が完成しました。
京都世界遺産・醍醐寺基本情報醍醐寺歴史年表

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【1位 五重塔・見所解説】
ランキング1位は五重塔(国宝)です。五重塔は高さ約38メートルの仏塔で、天に突き出した相輪(そうりん)が全体の30パーセント以上を占める約12.8メートルもあります。五重塔は高さ約54.8メートルの京都・東寺(とうじ(世界遺産))の五重塔(国宝)、高さ約50.8メートルの奈良・興福寺(こうふくじ(世界遺産))の五重塔(国宝)、高さ約38.8メートルの京都・法観寺(ほうかんじ)の五重塔(重要文化財・八坂の塔)に次いで、日本国内で4番目に高い五重塔です。五重塔は間近に近づいて見上げるとその高さを実感することができます。またじっくり見ると屋根の大きさが初層から上層に行くほど少しずつ小さくなっていることが分かるかもしれません。その逓減率は最も美しく見える黄金比である0.61で、理想的なプロポーションだとも言われています。ちなみに一般的に五重塔は歴史が古いほど初層から五層までの逓減率が大きく、五層の屋根が初層の屋根と比較するとより小さくなっています。ちなみに日本最古の法隆寺の五重塔は逓減率は0.5になります。なお五重塔は毎年8月5日に行われている醍醐山万灯会(だいごさんまんとうえ)で金堂とともにライトアップされます。
(五重塔・ポイントまとめ)
●五重塔は平安時代中期の936年(承平6年)に第61代・朱雀天皇(すざくてんのう)が着工し、951年(天暦5年)に完成したとも言われています。五重塔は京都最古の五重塔とも言われています。その後安土桃山時代の1585年(天正13年)の伏見大地震で損傷し、1598年(慶長3年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の援助によって修理されました。豊臣秀吉は1597年(慶長3年)3月にお花見に来て、五重塔修理の為に千五百石を寄進し、同年12月から修理が開始され、翌1598年(慶長3年)3月6日に修理が完了しました。
●五重塔は初層に真言密教の教主である大日如来(だいにちにょらい)が説く真理や悟りの境地を表現した両界曼荼羅(りょうかいまんだら)・真言八祖(しんごんはっそ)などが描かれ、五重塔とは別に国宝に指定されています。なお空海像は日本最古の空海像とも言われています。
醍醐寺五重塔見所(歴史概略・・・)

【2位 金堂・見所解説】
ランキング2位は金堂(国宝)です。金堂は醍醐寺の本堂です。金堂は正面約21メートル・奥行き約17メートルで、近づくとその大きさを実感できます。金堂はその周囲を回るのもおすすめです。金堂は和歌山・満願寺から移築が開始された1598年(慶長3年)に移築を発願した関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が醍醐の花見を催し、同年8月18日に秀吉が亡くなったことからその歴史を感じることができます。ちなみに満願寺は12世紀後半(平安時代後期~鎌倉時代初期)に後白河法皇(第77代・後白河天皇)の御願寺として建立されたと言われています。なお金堂は毎年8月5日に行われている醍醐山万灯会で五重塔とともにライトアップされ、金堂前で精霊供養法要(しょうりょうくようほうよう)・お施餓鬼供養(おせがきくよう)が行なわれます。
(金堂・ポイントまとめ)
●金堂は平安時代後期に紀州国湯浅(和歌山県有田郡湯浅町)・満願寺(まんがんじ)の本堂として建立され、鎌倉時代に改修されました。満願寺の本堂は秀吉による紀州征伐(きしゅうせいばつ)の際に焼き討ちされる予定だったとも言われています。なお金堂は秀吉没後の桃山時代の1600年(慶長5年)に落慶しました。なお金堂はかつて平安時代中期の926年(延長4年)に建立され、釈迦堂と言われていたそうです。
●金堂は醍醐寺の本尊・薬師三尊(やくしさんぞん)像(重要文化財)を安置しています。
醍醐寺金堂見所(歴史概略・・・)

【3位 西大門・見所解説】
ランキング3位は西大門(仁王門)です。西大門は下醍醐の入り口にあり、受付になっています。西大門は近付くとその大きさが実感できます。また西大門に安置されている平安時代末期に造仏された仁王像(重要文化財)を間近で見ることもできます。なお西大門に通じる参道は桜馬場と言われ、ひときわ目を引く醍醐寺の塔頭・三宝院(さんぶいん)の唐門が建立されています。
(西大門・ポイントまとめ)
●西大門は江戸時代初期の1605年(慶長10年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が再建しました。
●西大門にはかつて南大門に安置されていた仁王像(重要文化財)を安置しています。仁王像は平安時代後期の1134年(長承3年)に仏師・勢増と仁増が造仏したと言われています。
醍醐寺西大門見所(歴史概略・・・)

【3位 桜・見所解説】
ランキング3位は日本さくら100選に選ばれた桜です。桜は京都府内で京都市の嵐山・京都市の仁和寺御室桜(おむろざくら)・笠置町の笠置山自然公園(かさぎやましぜんこうえん)とともに日本さくら名所100選にも選ばれています。境内を散策すると桜の美しさを実感することができます。桜と五重塔を一緒にカメラで撮影するのもいいかもしれません。なお醍醐寺とその塔頭・三宝院では1598年(慶長3年)3月15日に関白・豊臣秀吉が豊臣秀頼・北政所(きたのまんどころ)・淀殿(よどどの)・諸大名など約1,300人とともに1日限りの醍醐の花見を行っていることから例年4月の第2日曜日に豊臣秀吉などに扮して境内を練り歩く豊太閤花見行列(ほうたいこうはなみぎょうれつ)が行われ、歴史と時代絵巻を感じることができます。
(桜・ポイントまとめ)
●醍醐寺では1597年(慶長3年)3月に秀吉がお花見を行い、翌1598年(慶長3年)2月13日に秀吉の命によって700本の桜の木が移植されました。
●醍醐寺にはソメイヨシノ(染井吉野)・シダレザクラ(枝垂桜)・ヤマザクラ(山桜)など約1,000本の桜の木が植えられ、例年4月上旬頃に見ごろを迎えます。
醍醐寺桜見ごろ醍醐寺豊太閤花見行列

【番外 薬師堂・見所解説】
ランキング番外は薬師堂(国宝)です。薬師堂は上醍醐にあります。醍醐寺には薬師堂以外にも平安時代に建立された金堂(国宝)・五重塔(国宝)があるが、金堂・五重塔は下醍醐にある為、薬師堂は現在上醍醐にある唯一の平安時代の堂塔で、その歴史を感じることができます。薬師堂は簡素な意匠で、蟇股(かえるまた)・組物など平安時代の特色を表しています。蟇股・組物などを確認しましょう。蟇股はカエルが脚を広げたような形をしており、虹梁(こうりょう)・桁(けた)・棟木(むなぎ)などの水平部材の荷重を支える構造材です。薬師堂の蟇股は京都宇治市の宇治上神神社(うじがみじんじゃ)の本殿・岩手平泉町の中尊寺(ちゅうそんじ)の金色堂とともに日本三蟇股と言われています。なお蟇股は日本建築独特で、板蟇股が奈良時代、本蟇股が平安時代末期に始まったとも言われています。
(薬師堂・ポイントまとめ)
●薬師堂は平安時代中期の913年(延喜13年)に第60代・醍醐天皇の御願堂として建立され、平安時代後期の1121年(保安2年)に再建されました。
●薬師堂はかつて薬師三尊(国宝)やいずれも重要文化財である閻魔天(えんまてん)像、帝釈天(たいしゃくてん)像・千手観音(せんじゅかんのん)像を安置していたが、現在は霊宝館に移されています。
醍醐寺薬師堂見所(歴史概略・・・)

【醍醐寺見所ランキング 備考】
*参考・・・京都世界遺産・醍醐寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ京都世界遺産・醍醐寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

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