霰天神山(ちまき販売・・・)火除け・雷除けのご利益

霰天神山

霰天神山(読み方:あられてんじんやま)

霰天神山(ちまき販売・ご利益・マップ)を紹介しています。霰天神山ちまき販売は例年7月14日から16日です。(要確認)霰天神山ちまきのご利益は火除け・雷除けです。霰天神山は山の中央に天神像を祀る社殿が造られています。

【祇園祭ちまき販売(前祭) 販売日・時間(要確認)】
祇園祭ちまき販売(前祭)は例年7月14日~16日です。一部の山鉾町では7月13日から始まります。●ちまきの飾り方は疫病神が進入してくる玄関の軒下などに吊るします。ちまきの処分は山鉾町や八坂神社に納めます。
祇園祭ちまき販売(前祭)2022
●祇園祭の主要行事の日程を確認できます。(下記リンク参照)
祇園祭2022日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

【霰天神山 マップ・アクセス】
場所・・・京都府京都市中京区錦小路室町西入天神山町
最寄り駅・バス停・・・四条駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
祇園祭山鉾マップ(前祭)by グーグルマップ

【霰天神山 ちまきなどの授与品】
梅花付きちまき(粽)・手拭・火除け雷除けのお守りなど

【霰天神山 搭乗】(2022年は搭乗不可の場合あり)

【霰天神山 ご利益】
火除け・雷除け

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【霰天神山 歴史・簡単概要】
霰天神山(読み方:あられてんじんやま)は戦国時代(室町時代後期)の永正年間(1504年~1520年)の大火の際に霰が急に降って大火が鎮火し、その時霰とともに降ってきた天神さんを祀ったのが起源とも言われています。霰とともに降ってきた天神像は一寸二分(約3.6センチ)で、霰天神山の上に造られた唐破風(からはふ)春日造(かすがづくり)の社殿に祀られています。また霰天神山は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記(ぎおんしゃき)」第15(八坂神社記録)に「天神山(錦と室町間)」と記されているとも言われています。天神さんとも言われる菅原道真・すがわらのみちざね)は梅をこよなく愛し、九州・大宰府(だざいふ)に左遷される際に紅梅殿で「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(拾遺和歌集)」と詠みました。その後梅が菅原道真を慕って、一晩の内に大宰府に飛来したという飛梅伝説も生まれました。その為霰天神山のちまき(粽)には梅花が付けられています。霰天神山は多くの山鉾が焼けた江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火や幕末(江戸時代末期)の1864年(元治元年)の元治の大火でも焼け残ったことから火除天神山(ひよけてんじんやま)とも言われています。また錦小路通室町西入にあることから錦天神山(にしきてんじんやま)とも言われています。
*参考・・・霰天神山(祇園祭山鉾前祭)
●祇園祭山鉾は平安時代中期の999年(長保元年)が起源とも言われています。
祇園祭山鉾とは疫神を鎮める依り代

【霰天神山 特徴・懸装品】
●山の中央には天神像を祀る唐破風春日造(からはふかすがづくり)の社殿が造られ、紅梅と松が飾られています。なお欄縁(らんぶち)に沿って朱塗りの廻廊が巡らされています。
●前懸は16世紀にベルギーで作られたイーリアス物語を描いた毛綴(けつづれ)だったが、2009年(平成21年)にレプリカに代えられました。前懸には太湖岩鳳凰図(たいこがんほうおうず)の中国刺繍(ししゅう)もあります。左右の胴懸は上村松篁(うえむらしょうこう)の下絵による梅金鶏図(ばいきんけいず)と上村淳之(うえむらあつし)の下絵による銀鶏図(ぎんけいず)で、それぞれ1985年(昭和60年)と2002年(平成14年)に新調されました。なお後懸の紅地雲龍宝尽図(うんりゅうたからずくしず)は2009年(平成21年)に新調されました。

【霰天神山 行事(要確認)】
●宵山(7月14日~7月16日)では夕方から駒形提灯を灯します。
祇園祭宵山(前祭)
●山鉾巡行(7月17日)では四条烏丸から四条通・河原町通・御池通の順に巡行します。
祇園祭山鉾巡行(前祭)

【霰天神山 備考(要確認)】
霰天神山の山建て・・・7/13 8:00~
日程・時間は変更になっている場合があります。必ず確認して下さい。
宵山では火防せ雷除けのお守りが授与されます。
祇園祭2022日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)
●祇園祭の山鉾(前祭23基・後祭11基・休山1基)の名称・読み方・由緒・ちまき(粽)などの情報を確認できます。
祇園祭山鉾一覧

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