琵琶湖疏水(びわこそすい)第1疏水・疏水分線と五山送り火

琵琶湖疏水第1疏水・疏水分線と五山送り火
五山送り火(大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形)は起源が明確ではないが、五山それぞれに数百年以上の歴史があると言われ、五山送り火以外でも点火される場合がありました。1890年(明治23年)には琵琶湖疏水の完成を祝う為に大文字が点火されました。ちなみに1890年(明治23年)3月には琵琶湖疏水の通水試験が行われました。
【五山送り火2026 日程】
五山送り火2026は2026年(令和8年)8月16日(日曜日)20:00から5分間隔で順次点火されます。なお五山送り火は原則雨天決行だが、気象条件によって点火時間が変更になる場合もあります。
五山送り火2026(鑑賞スポット・穴場・日程・・・)
【五山送り火 歴史・簡単概要】
五山送り火(ござんのおくりび)はお盆(おぼん・盂蘭盆(うらぼん))にあの世(冥府(めいふ))から帰ってきたお精霊さん(おしょらいさん)をあの世に送り返す仏教的行事です。五山送り火は宗教・歴史的な背景から「大文字の送り火」とも言われることがあります。五山送り火はいつ始まったかは明確ではありません。一説には多くの灯明を灯して仏神を供養する万灯会(まんどうえ)が山の山腹で行われるようになり、お盆の精霊の送り火(門火(かどび))になったとも言われています。
【琵琶湖疏水(びわこそすい)第1疏水・疏水分線】
五山送り火(大文字(だいもんじ)・妙法(みょうほう・松ケ崎妙法)・船形(ふながた・船形万灯籠)・左大文字(ひだりだいもんじ)・鳥居形(とりいがた・鳥居形松明))は起源が明確ではないが、五山それぞれに数百年以上の歴史があると言われ、五山送り火以外でも点火される場合がありました。1890年(明治23年)には琵琶湖疏水の完成を祝う為に大文字が点火されました。ちなみに1890年(明治23年)3月には琵琶湖疏水の通水試験が行われました。
「官報」1890年(明治23年)4月12日付に「疏水ノ工事竣ルヲ告ク。吏民協力ノ功洵ニ嘉スヘシ。從來我邦美術工藝ノ盛ナル此土ヲ最トス。今ヨリ此水利ニ籍リテ以テ人工ヲ助ケ益々精良ヲ加ヘ他日ノ殷富ヲ期セヨ」と記され、4月9日に明治天皇と昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)が参加して竣工式が行われ、明治天皇から勅語があったことが分かります。「琵琶湖疏水第1疏水と疏水分線が完成した。官吏(役人)と国民が協力した功績は誠に素晴らしい」などと述べました。ちなみに内閣総理大臣・山縣有朋(やまがたありとも)、大蔵大臣・松方正義(まつかたまさよし)、海軍大臣・西郷従道(さいごうつぐみち)、文部大臣・榎本武揚(えのもとたけあき)らも参列し、第3代京都府知事・北垣国道(きたがきくにみち)が奏上文「謹テ皇上陛下、皇后陛下ノ臨幸ヲ仰キ、琵琶湖疏水工事ノ竣功ヲ復命ス。(略)」を上奏しました。琵琶湖疏水の完成を祝う為に市内の家々に国旗が掲げられ、提灯(ちょうちん)に明かりが灯されました。季節は4月だったが、例年8月のお盆に行われる五山送り火の大文字に明かりが灯され、例年7月の祇園祭に組み立てられる月鉾(つきほこ)・鶏鉾(ひわとりほこ)・油天神山(あぶらてんじんやま)・郭巨山(かっきょやま)が組み立てられ、花火(煙火)も打ち上げられました。押し寄せた群衆で道路などは足の踏み場もないほどだったそうです。
●琵琶湖疏水は1881年(明治14年)に第3代京都府知事・北垣国道が京都近代化政策の一環として計画しました。京都は江戸時代末期(幕末)の禁門の変(蛤御門の変)に伴うどんどん焼けで市街地の多くが焼失し、明治維新後の東京奠都で人口が減少し、産業も衰退したことから灌漑・上水道・水運・動力などを目的に琵琶湖疏水が計画されました。1883年(明治16年)5月22日に工部大学校(東京大学工学部)卒業直後の工学士・田邉朔郎(満21才)が京都府御用掛に採用され、琵琶湖疏水は1885年(明治18年)6月2日に着工され、1890年(明治23年)に第1疏水(大津三保ヶ崎~鴨川合流点)と疏水分線(蹴上付近~北白川)が完成し、同年4月9日に竣工式が行われました。1891年(明治24年)に第1期蹴上発電所が完成して送電が開始されました。第1疏水・疏水分線の建設には費用総額125万円余り、延べ労働者数400万人を要しました。費用は市の年間予算の十数倍だったことから産業基立金・国・府補助金・市公債や寄付金などで賄えず、特別に全市民に目的税が課税されました。その後第1疏水だけでは毎年増大する電力需要を満たせなくなり、初代京都市長・内貴甚三郎が田邉朔郎の進言を受けて第2疏水建設の構想を打ち上げ、第2代京都市長・西郷菊次郎が引き継ぎました。第1疏水の北側を並行し、全水路がトンネルである長さ約7.4キロの第2疏水(大津三保ヶ崎~蹴上)は1908年(明治41年)に着工され、1912年(明治45年)に完成しました。1912年(明治45年)に第2期蹴上発電所が完成しました。ちなみに琵琶湖疏水には蹴上発電所だけでなく、いずれも1914年(大正3年)に完成した夷川発電所・墨染発電所がありました。2015年(平成27年)に琵琶湖疏水で通船を復活させる試行事業が開始され、2018年(平成30年)に琵琶湖疏水通船事業が本格事業として開始されました。なお琵琶湖疏水は1996年(平成8年)6月に国の史跡に指定され、2020年(令和2年)6月に日本遺産に認定され、2021年(令和3年)9月に土木学会選奨土木遺産に認定され、2025年(令和7年)8月に琵琶湖疏水施設16所・4基・4棟が国の重要文化財に指定されました。
●大文字は起源が明確ではありません。大文字には平安時代(794年~1185年)初期に真言宗の宗祖である弘法大師・空海が始めた説、室町時代(1336年~1573年)中期に室町幕府8代将軍・足利義政が始めた説、江戸時代(1603年~1868年)初期に公家・近衛信尹が始めた説などがあります。
【琵琶湖疏水第1疏水・疏水分線と五山送り火 備考】
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