平等院サルスベリ見ごろ2022(8月上旬~9月上旬頃)

平等院サルスベリ見ごろ(見頃)

平等院サルスベリ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。平等院では鳳凰堂前にサルスベリが植えられ、紅紫色のサルスベリと鳳凰堂・阿字池などの光景が美しいと言われています。平等院では2010年(平成22年)に阿字池の底にある940年(天慶3年)頃の地層からサルスベリの花粉が検出されました。(詳細下記参照)

【平等院サルスベリ見ごろ(例年)・2022情報】
平等院のサルスベリの見ごろは例年8月上旬頃から9月上旬頃です。ただサルスベリ見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【平等院サルスベリ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府宇治市宇治蓮華116
最寄り駅・バス停・・・JR宇治駅(徒歩約10分)、京阪宇治駅(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から平等院はJR奈良線
*祇園四条駅からは京阪電鉄本線・宇治線

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【平等院サルスベリ見ごろ(例年)・見どころ解説】
平等院はサルスベリ(百日紅)の名所です。平等院のサルスベリ見ごろは例年8月上旬頃から9月上旬頃です。
平等院では鳳凰堂(国宝)前にサルスベリ(百日紅)が植えられ、紅紫色のサルスベリと鳳凰堂・阿字池などの光景が美しいと言われています。平等院の塔頭・浄土院の裏手などにもサルスベリが植えられています。ちなみに平等院では2010年(平成22年)に阿字池の底にある平安時代中期の940年(天慶3年)頃の地層からサルスベリの花粉がマツ・スギなどの花粉に混じって検出されました。サルスベリが最初に文献に記されているのが江戸時代前期ともされ、花粉の発見はそれよりも約600年さかのぼることになりました。1604年(慶長9年)に醍醐寺に植えられた記録が残されているそうです。藤原道長・藤原頼道の親子が愛でていた可能性もあるとも言われているそうです。なお平等院では平等院蓮などのハス(蓮)やスイレン(睡蓮)なども植えられ、一緒に楽しめる時期もあります。
鳳凰堂は1053年(天喜元年)に建立されました。鳳凰堂は阿字池の中島に建立され、極楽の宝池に浮かぶ宮殿のように見えると言われています。鳳凰堂は中堂・北翼廊・南翼廊・尾廊に分かれ、中堂に西方極楽浄土の教主で、本尊・阿弥陀如来坐像(国宝)が安置されています。
阿字池は浄土式庭園の中心で、その中島に鳳凰堂が建立されています。浄土式庭園は平安時代に作庭され、最古の浄土式庭園と言われています。阿字池は大乗仏教の経典「観無量寿経」の極楽浄土・宝池を表しているそうです。
サルスベリ(百日紅)はミソハギ科の落葉中高木です。サルスベリは中国南部原産で、唐(中国)の時代に都である長安の紫微(宮廷)に多く植えられ、紫薇と言われました。日本では江戸時代以前に伝わっていたとも言われ、江戸時代中期に本草学者・貝原益軒(かいばらえきけん)作の「花譜(かふ)・1694年(元禄7年)」にその名前が初めて記されています。サルスベリは樹高5~10メートルで、樹皮が赤褐色で、滑らかで薄くはげ、跡が白く雲紋状になります。猿が滑り落ちるほど滑らかという例えからサルスベリと名付けらました。サルスベリは7~9月に枝先の円錐花序(えんすいかじょ)に径3~4センチの紅紫色の6弁の花を咲かせます。ちなみにサルスベリは花が約百日間も長く咲くことから「百日紅」と名付けられたとも言われています。なおサルスベリには花が白色のシロサルスベリ(白百日紅)、淡紫色のウスムラサキサルスベリ(薄紫百日紅)もあります。
●平等院の歴史(創建から現在)を紹介しています。
平等院歴史
●平等院の見どころ(鳳凰堂・観音堂など)を紹介しています。
平等院見どころ

【平等院 歴史・簡単概要】
平等院(びょうどういん)は平安時代前期の859年(貞観元年)に第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の皇子で、左大臣・源融(みなもとのとおる)が造営した別荘があった場所です。その後別荘は第59代・宇多天皇(うだてんのう)、宇多天皇の孫である源重信(みなもとのしげのぶ)、そして関白・藤原道長(ふじわらのみちなが)が源重信の婦人から譲り受けて別業(べつぎょう)・宇治殿(うじどの)になりました。平等院は平安時代後期の1052年(永承7年)に藤原道長の子である関白・藤原頼通(ふじわらのよりみち)が宇治殿の寝殿を本堂に改め、天台宗(てんだいしゅう)の僧・明尊(みょうそん)を開山に藤原氏の氏寺として創建しました。その後1053年(天喜元年)に西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)を出現させたような鳳凰堂(ほうおうどう・阿弥陀堂(あみだぢょう))が建立され、定朝(じょうちょう)作の阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像が安置され、1067年(治暦3年)に第70代・後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう)が初めて行幸したと言われています。平安時代末期の1180年(治承4年)に源頼政(みなもとのよりまさ)が以仁王(もちひとおう)の令旨で挙兵したが、合戦に敗北して平等院で自刃し、史上初の切腹として武家の誉れとされました、南北朝時代の1336年(延元元年・建武3年)に楠木正成(くすのきまさしげ)が周辺に放火し、多くの伽藍を焼失しました。
平等院は特定の宗派に属さない単立の寺院です。
*参考・・・平等院(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【平等院サルスベリ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
平等院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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