竹林の道・嵐山散策コース|天龍寺・渡月橋・落柿舎など

竹林の道(Bamboo Forest Path)

竹林の道・嵐山散策コース

竹林の道・嵐山散策コースは京都屈指の人気観光エリアである嵐山・嵯峨野エリアを散策するコースです。北側の竹林の道から南側の嵐山までの距離は約2キロで、徒歩だと30分ほど掛かります。ただ竹林の道も、嵐山も人気の観光スポットの為、時期・曜日・時間帯によっては30分以上掛かることがあります。嵐山は京都屈指の桜・紅葉の名所の為、桜・紅葉シーズンは普段よりも人出が多くなって混雑します。竹林の道・嵐山散策コース周辺にはお亀石がパワースポットの野宮神社、庭園が美しい大河内山荘庭園、いずれも紅葉の名所である二尊院と常寂光寺、向井去来の草庵だった落柿舎、世界遺産である天龍寺と塔頭、桂川(大堰川)に架けられている渡月橋などがあります。

【竹林の道・嵐山散策コース】

【竹林の道(ちくりんのみち) 右京区嵯峨野々宮町】

竹林の道は英語で「バンブーパス(banboo path)」などとも言われ、海外にも名前が知れ渡っている人気の観光スポットです。竹林の道ではかつて12月に嵐山花灯路が催され、現在は10月に嵐山月灯路が催され、幻想的な竹林のライトアップを楽しめます。
●竹林の道(竹林の小径)は東側の野宮神社と西側の大河内山荘庭園を結ぶ延長約300メートルの道です。竹林の道では北側に山陰本線(嵯峨野線)・嵯峨野トロッコ列車が走り、南側に天龍寺が建立され、竹林の道の両側には竹林が広がっています。
竹林の道(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【野宮神社(ののみやじんじゃ) 右京区嵯峨野々宮町1】

野宮神社は竹林の道の東端付近に位置しています。野宮神社では例年10月の第3日曜日に斎宮行列が行われ、平安時代の衣装を付けて葱華輦に乗った斎宮代・監送使長官・女官・文官などの斎宮行列が巡行します。斎宮行列は1999年(平成11年)に約600年振りに復活し、三重県多気郡の斎王まつり・滋賀県甲賀市のあいの土山斎王群行とともに三大斎王群行に数えられています。
●野宮神社は平安時代(794年~1185年)に天皇の代理で、三重県伊勢市の伊勢神宮に仕える斎王(皇女・女王)が京都から伊勢へ向かう前に身を清めた「野宮」に由来しています。南北朝時代(1337年~1392年)の兵火で斎王制度が廃絶され、「野宮」は野宮神社となって勅祭が行われるようになりました。
野宮神社(アクセスマップ・歴史概要・・・)

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【大河内山荘庭園(おおこうちさんそうていえん) 右京区嵯峨小倉山田淵山町8】

大河内山荘庭園は竹林の道の西端付近に位置しています。大河内山荘庭園にはいずれも登録有形文化財に指定されている大乗閣・持仏堂・滴水庵・中門が建てられ、桜・カエデ・松などの樹木が植えられています。大河内山荘庭園では入山料に抹茶・茶菓子が含まれ、抹茶・茶菓子を味わいながら庭園を観賞することができます。
●大河内山荘庭園は昭和(1926年~1989年)の名優で、時代劇六大スタアに数えられた俳優・大河内伝次郎が「小倉百人一首」ゆかりの小倉山などの嵯峨野・嵐山の雄大な風光に魅せられ、約30年掛けて作庭しました。1962年(昭和37年)に大河内傳次郎が亡くなるとその後公開されるようになりました。
大河内山荘庭園(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【二尊院(にそんいん) 右京区嵯峨二尊院門前長神町27】

二尊院は竹林の道の北側に位置しています。二尊院は皇室・公家にゆかりが深く、廬山寺・般舟三昧院・遣迎院とともに御黒戸四箇院に数えられ、また天龍寺・大覚寺とともに嵯峨三名跡に数えられました。本堂(市指定有形文化財)には後奈良天皇宸筆の勅額「二尊院」が掛けられています。
●二尊院は承和年間(834年~848年)に第3代天台座主である慈覚大師・円仁が嵯峨天皇の勅願により、華台寺を創建したのが起源とも言われています。平安時代(794年~1185年)後期に小倉百人一首を選定した藤原定家が小倉山荘「時雨亭」を小倉山山腹に営んだと言われています。
二尊院(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【常寂光寺(じょうじゃっこうじ) 右京区嵯峨小倉山小倉町3】

常寂光寺は竹林の道の北側に位置しています。常寂光寺は本圀寺とゆかりがあり、貞和年間(1345年~1350年)に本圀寺の南門として建立された仁王門が1616年(元和2年)に常寂光寺に移築されました。仁王門は福井県小浜市の日蓮宗寺院・長源寺から移された仁王像を安置しています。
●常寂光寺は平安時代(794年~1185年)後期に小倉百人一首を選定した藤原定家が小倉山荘「時雨亭」を営んだ場所と言われています。常寂光寺は慶長年間(1596年~1614年)に本圀寺16世・日禎上人が隠棲の地として開創したのが起源と言われています。
常寂光寺(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【落柿舎(らくししゃ) 右京区嵯峨小倉山緋明神町】

落柿舎は竹林の道の北側に位置しています。落柿舎の主人・向井去来は1684年(貞享元年)に蕉門十哲に数えられた其角に出会って、文通で松尾芭蕉から教えを受け、1686年(貞享3年)に江戸に下って初めて松尾芭蕉と会いました。1689年(元禄2年)に「おくのほそ道」の旅に出て、京都を訪れた松尾芭蕉を落柿舎に初めて招きました。
●落柿舎は江戸時代(1603年~1868年)中期に松尾芭蕉の弟子・向井去来が入手して営んだ草庵が起源と言われています。1704年(宝永元年)に向井去来が亡くなると荒廃し、1770年(明和7年)に向井去来の親族が天龍寺の塔頭・弘源寺跡に再建したとも言われています。
落柿舎(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【天龍寺(てんりゅうじ) 右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68】

天龍寺は竹林の道の南側に位置しています。後醍醐天皇を弔う為に天龍寺創建を足利尊氏に強く勧めた夢窓疎石は天皇や武家などから尊崇され、歴代天皇から夢窓国師・正覚国師・心宗国師・普済国師・玄猷国師・仏統国師・大円国師の国師号を賜与され、七朝帝師と称されました。天龍寺には夢窓疎石作庭の庭園が残されています。
天龍寺見どころ
●天龍寺は嵯峨天皇の后・檀林皇后が創建した日本初の禅寺である壇林寺、醍醐天皇の皇子・前中書王兼明親王の亀山山荘、後嵯峨上皇の仙洞御所、亀山上皇の離宮・亀山殿があった場所です。天龍寺は1339年(延元4年・暦応2年)に北朝の室町幕府初代将軍・足利尊氏が夢窓疎石の強い勧めにより、南朝の後醍醐天皇を弔う為に創建しました。
天龍寺(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【天龍寺の塔頭(たっちゅう) 右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町】

天龍寺の塔頭では例年節分に七福神めぐりが行われ、福笹を受け取り、三秀院(大黒天)・弘源寺(毘沙門天)・慈済院(弁財天)・松厳寺(福禄寿)・永明院(恵比寿)・寿寧院(不動明王)・妙智院(宝徳稲荷)を巡り、お札を受け取りって1年の幸福を祈願します。
天龍寺七福神めぐり
●天龍寺には松厳寺・慈済院・弘源寺・三秀院・南芳院・宝厳院・永明院・等観院・寿寧院・妙智院・金剛院などの塔頭寺院が建立されています。

【嵐山(あらしやま) 右京区】

嵐山は竹林の道の南側に位置しています。嵐山は江戸時代までは大部分が天龍寺領だったが、明治維新後の上地令によって官有地に編入されました。その後保護林・風致保安林・史跡名勝「嵐山峡」・風致地区に指定されました。現在、嵐山は大部分が嵐山国有林になっています。
●嵐山は桂川の右岸に聳える標高約380メートルの山です。嵐山は「日本さくら名所100選」・「日本の紅葉の名所100選」に選ばれる桜・紅葉の名所です。なお一般的に嵐山と言う場合、山自体ではなく、桂川右岸の嵐山(西京区)と桂川左岸の嵯峨野(右京区)を含めたエリアを言われます。
嵐山(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【渡月橋(とげつきょう) 右京区】

渡月橋は竹林の道の南側に位置しています。渡月橋ではかつて12月の嵐山花灯路でライトアップされ、幻想的な姿が見られました。
●渡月橋は桂川左岸と中州・嵐山公園中之島地区に架かる長さ約150メートルの橋です。渡月橋は承和年間(834年~848年)に僧・道昌が橋を架けたことが起源です。その後角倉了以が現在の場所に架けました。渡月橋の名称は亀山上皇が橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことに由来しています。
渡月橋(アクセスマップ・歴史概要・・・)

【竹林の道・嵐山散策コース 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。

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