醍醐寺成身院・醍醐寺見どころ(修学旅行)

醍醐寺成身院

●醍醐寺成身院は江戸時代初期に再建されたと言われています。醍醐寺成身院には准胝堂(じゅんていどう)の准胝観音の分身像を安置しています。醍醐寺成身院は下伽藍から上醍醐に向かう登山口にあり、女性が登れる限界とされ、かつて女性が上醍醐に祀られている諸仏を拝んだことから女人堂とも言われています。醍醐寺成身院前には山側から不動明王(ふどうみょうおう)、醍醐寺開山である理源大師(りげんだいし)・聖宝(しょうぼう)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、修験道(しゅげんどう)の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづぬ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が祀られています。
准胝堂は平安時代前期の876年(貞観18年)に醍醐寺開山である理源大師・聖宝が如意輪堂(にょいりんどう)とともに建立しました。1968年(昭和43年)に再建されたが、2008年(平成20年)8月24日に落雷によって焼失しました。准胝堂は西国三十三所の第11番札所だったが、再建までは観音堂(大講堂)が西国三十三所の第11番札所になっています。
准胝観音は観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つで、六観音の一尊です。六観音は千手観音(せんじゅかんのん)・聖観音(しょうかんのん)・十一面観音(じゅういちめんかんのん)・馬頭観音(ばとうかんのん)・如意輪観音(にょいりんかんのん)です。准胝観音は一般的に像容が一面・三目・十八臂が通例で、除災・治病・延命・求児の諸願を叶えるとも言われています。
観音菩薩は菩薩の一尊で、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)・救世菩薩(くせぼさつ)・観音さまなどとも言われています。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われています。「観音経」では様々に姿を変える三十三応化身(さんじゅうさんおうげしん)が説かれています。
●醍醐寺成身院は入母屋造(いりもやづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
醍醐寺見どころ

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