醍醐寺三宝院純浄観・醍醐寺見どころ(修学旅行・観光)

醍醐寺三宝院純浄観

●醍醐寺三宝院純浄観は1897年(明治30年)12月28日に国の重要文化財に指定されました。
●醍醐寺三宝院純浄観はかつて安土桃山時代の1598年(慶長3年)に関白・豊臣秀吉が行った醍醐の花見の際、標高約454メートルの醍醐山中腹である槍山に建てられて建物が起源と言われています。その後三宝院に移されました。なお純浄観では平成に日本画家・浜田泰介(はまだたいすけ)が描いた桜・紅葉の襖絵が飾られています。
醍醐の花見は安土桃山時代の1598年(慶長3年)3月15日(新暦4月20日)に関白・豊臣秀吉が行いました。醍醐の花見では豊臣秀吉が豊臣政権の五奉行・前田玄以を奉行に任命し、近江・河内・大和・山城の畿内から約700本の桜の木を集め、標高約454メートルの醍醐山にある山道両側などに植え、醍醐寺の塔頭・三宝院の建物などを建てたり、三宝院庭園を造営したりしました。ちなみに豊臣秀吉は自ら下見の為に醍醐寺へ足繁く通い、三宝院庭園を自ら作庭したとも言われ、聚楽第から天下の名石として名高い藤戸石が移されました。醍醐の花見では豊臣秀吉を始め、豊臣秀頼・豊臣秀吉の正室である北政所・豊臣秀吉の側室である淀殿・松の丸殿・三の丸殿・加賀殿、そして前田利家と正室であるまつ(芳春院)など諸大名など約1,300人が参加しました。醍醐の花見は九州平定直後の1587年(天正15年)10月1日(新暦11月1日)に行われた北野大茶湯と双璧を成す催し物として知られています。
豊臣秀吉は1537年(天文6年)3月17日(旧暦2月6日)に織田信長の足軽(百姓)・木下弥右衛門と美濃の鍛冶・関兼貞の娘・なか(仲・天瑞院)の間に生まれました。尾張国愛知郡中村郷中中村(名古屋市中村区)で生まれたとも言われています。先ず今川氏の家来で、引馬城の支城・頭陀寺城城主・松下之綱に仕え、1554年(天文23年)頃から戦国大名・織田信長に仕えました。1561年(永禄4年)に浅野長勝の養女・北政所(ねね)と恋愛結婚しました。その後数々の戦功を重ねて頭角を現し、1573年(天正元年)に浅井氏が滅亡すると長浜城城主になりました。1582年(天正10年)に明智光秀が織田信長に謀反を起こした本能寺の変後、山崎の戦いで明智光秀を破り、京都の支配権を掌握しました。1583年(天正11年)の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破りました。その後四国・九州・関東・奥羽を平定し、1590年(天正18年)に天下を統一を成し遂げました。ちなみに1585年(天正13年)に関白、翌1586年(天正14年)に豊臣姓を賜って、太政大臣になりました。その後唐入りを目指し、1592年(天正20年)から文禄・慶長の役が始まりました。なお豊臣秀吉は1598年(慶長3年)9月18日(旧暦8月18日)に62歳で伏見城内で亡くなりました。
浜田泰介は1932年(昭和7年)3月28日に愛媛県宇和島市に生まれました。1955年(昭和30年)に京都市立美術大学(京都市立芸術大学)に卒業し、1957年(昭和32年)に京都市立美術大学院を修了しました。1961年(昭和36年)から国内だけでなく、アメリカなど海外で個展を開催しました。浜田泰介は大津市市制100周年記念「大津百景」や大覚寺・醍醐寺(世界遺産)・東寺観智院・上賀茂神社・伏見稲荷大社・石清水八幡宮などの障壁画を描きました。
●醍醐寺三宝院純浄観は桁行七間・梁間四間で、入母屋造(いりもやづくり)の茅葺(かやぶき)です。庇(ひさし)はこけら葺(こけらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
茅葺はイネ科のススキ・ヨシ(アシ)やカヤツリグサ科のスゲなどで屋根を葺く方法です。茅葺は世界各地で最も原初的な屋根とされ、日本では縄文時代に茅を使った屋根だけの住居(竪穴式住居)が造られていたとも言われています。なお日本最古の茅葺屋根民家は室町時代に建てられた兵庫県神戸市・箱木家住宅(国の重要文化財)です。
こけら葺は木材の薄板を使って屋根を葺く方法です。こけら葺は板葺(いたぶき)の一種です。板葺では板厚が2~3ミリの場合にこけら葺、板厚が4~7ミリの場合に木賊葺(とくさぶき)、板厚が1~3センチの場合に栩葺(とちぶき)と言われています。板葺にはヒノキ・サワラ・スギ・エノキ・トクサ・クヌギなどが用いられます。板葺は古墳時代から屋根に用いられるようになったとも言われ、茅葺(かやぶき)に次いで古いとも言われています。飛鳥時代(593年~709年)に建立された法隆寺(ほうりゅうじ)の五重塔(国宝)の屋根にも用いられています。
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