大覚寺見どころ-正寝殿・宸殿・五大堂・勅使門・大沢池

大覚寺(Daikaku-ji Temple)

大覚寺見どころ-修学旅行・観光ポイント

大覚寺の見どころには南北朝媾和会議が行われた歴史を持つ正寝殿(重要文化財)、五大明王像を安置し、本堂にあたる五大堂、三大名月鑑賞地に数えられた美しい大沢池(名勝)があります。また宸殿・勅使門等も見逃せません。なお修学旅行や観光で見るべき文化財の概要・歴史・様式・豆知識などを解説しています。

【南北朝媾和会議が行われた歴史を持つ正寝殿(重要文化財)】

  • 概要:正寝殿は御冠の間で南北朝媾和会議が行われ、南朝の第99代・後亀山天皇が北朝の第100代・後小松天皇に三種の神器を譲った歴史があります。正寝殿は客殿(対面所)です。正寝殿には御冠(おかんむり)の間(8畳)・剣璽(けんじ)の間(8畳)・紅葉の間(8畳)・竹の間・雪の間(12畳)・鷹(たか)の間(12畳)・山水の間(9畳)・賢人(けんじん)の間(9畳)・狭屋(さや) の間など大小12の部屋があります。正寝殿には絵師・狩野山楽(かのうさんらく)と絵師・渡辺始興(わたなべしこう)が描いた障壁画(しょうへきが)があります。なお御冠の間には玉座があります。
  • 歴史:正寝殿は1573年(天正元年)~1614年(慶長19年)に建立されました。
  • 様式:正寝殿は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。正寝殿は桁行正面七間・背面八間・梁間四間です。
  • 御冠の間:御冠の間(上段の間)の名称は鎌倉時代後期に後宇多法皇(第91代・後宇多天皇(ごうだてんのう))が院政を行った際に御冠を傍らに置いて執務を行ったことに由来しています。御冠の間は南北朝媾和会議が行われ、南北朝講和の間と言われています。1392年(元中9年・明徳3年)の南北朝合一では南朝4代で、第99代・後亀山天皇(ごかめやまてんのう)が北朝6代で、第100代・後小松天皇(ごこまつてんのう)に三種の神器を譲りました。
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【東福門院の女御御殿を移築した宸殿(重要文化財)】

  • 概要:宸殿は東福門院(とうふくもんいん・徳川和子(とくがわまさこ))の女御御殿(にょうごごてん)を前身とし、蔀戸(しとみど)を用いた寝殿造風になっています。宸殿には牡丹(ぼたん)の間(33畳)・柳松の間(18畳)・紅梅の間(22畳)・鶴(つる)の間(12畳)などがあります。宸殿には絵師・狩野山楽が描いた障壁画「牡丹図」・「紅梅図」があります。なお宸殿の前には右近の橘(たちばな)と左近の梅が植えられています。
  • 歴史:宸殿は1619年(元和5年)に第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)から中宮・東福門院(徳川和子)の女御御殿を賜り、大覚寺に移築して建立されました。
  • 様式:宸殿は屋根が入母屋造の檜皮葺です。宸殿は桁行約20.0メートル・梁間約13.6メートルです。なお宸殿は妻飾り(つまかざり)・破風板(はふいた)・天井などに装飾が施され、周囲に鴬張り(うぐいすばり)の広縁が巡らせられています。
  • 豆知識:宸殿は広縁が折れ曲げられ、天井が低くなっています。欄干(らんかん)はかつて取り外せ、武器になったと言われています。

【大正天皇の即位式で使用された饗応殿を移築した御影堂】

  • 概要:御影堂(みえどう)は心経殿の前殿である心経前殿です。御影堂は内陣・外陣に分かれ、心経殿を拝する為に内陣正面は開けられています。御影堂は内陣にゆかりがある開基・嵯峨天皇像、後宇多法皇像、恒寂法親王(じゃくほっしんのう )像、弘法大師像を安置しています。
  • 歴史:御影堂は第123代・大正天皇(たいしょうてんのう)の即位式で饗応殿(きょうおうでん)として造営され、1925年(大正14年)の後宇多法皇(第91代・後宇多天皇)600回忌に移築して建立されました。
  • 様式:御影堂は屋根が入母屋造の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。

【本尊・五大明王像を安置し、本堂にあたる五大堂】

  • 概要:五大堂(ごだいどう)は大覚寺の本堂にあたり、写経道場として利用されています。五大堂は観月台(濡れ縁)から美しい大沢池を見ることができます。五大堂はかつて鎌倉時代に造仏された本尊・五大明王(ごだいみょうおう)像が安置していたが、現在は1975年(昭和50年)に仏師・松久朋琳(まつひさほうりん)、仏師・松久宗琳(まつひさそうりん)親子が造仏した本尊・五大明王像を安置しています。かつての本尊は収蔵庫に移されています。なお五大堂には観月台(かんげつだい・濡れ縁(ぬれえん) )があります。
  • 歴史:五大堂は天明年間(1781年~1789年)に再建されました。五大堂は御影堂が移築・建立された際に現在の場所に移されました。ちなみに五大堂は開基である第52代・嵯峨天皇が天下泰平(てんかたいへい)・五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈念して建立したのが起源です。
  • 様式:五大堂は屋根が入母屋造の瓦葺です。五大堂は正面中央が板唐戸(いたからど)、両脇各二間が蔀戸(しとみど)になっています。

【最後の宮門跡・有栖川宮慈性の伝承が残る勅使門】

  • 概要:勅使門(ちょくしもん)は美しい装飾が魅力です。勅使門は唐門です。勅使門は本来、皇室関係者にしか開けられないが、華道・嵯峨御流(さがごりゅう)の数年に一度の献花式や愛宕神社(あたごじんじゃ)と野宮神社(ののみやじんじゃ)の祭礼・嵯峨祭の際などに開けられています。勅使門には鍍金(めっき)の飾り装飾が施された大きな菊の御紋があります。
  • 歴史:勅使門は嘉永年間(1848年~1855年)に再建されました。
  • 様式:勅使門は四脚門(しきゃくもん)です。勅使門は屋根が切妻造(きりづまづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。
  • 豆知識:勅使門は江戸(東京)に向かう有栖川宮慈性門跡(ありすがわのみやじしょうもんぜき)が何度も振り返られたことからおなごりの門と言われています。有栖川宮慈性門跡は最後の宮門跡(住職)です。

【法隆寺夢殿を模した勅封心経殿(登録有形文化財)】

  • 概要:勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)は開基である第52代・嵯峨天皇、北朝第4代・後光厳天皇(ごこうごんてんのう)、第102代・後花園天皇(ごはなぞのてんのう)、第105代・後奈良天皇(ごならてんのう)、第106代・正親町天皇(おおぎまちてんのう)、第119代・光格天皇(こうかくてんのう)の宸翰勅封(しんかんちょくふう)般若心経(はんにゃしんぎょう)を奉安しています。また勅封心経殿は薬師如来(やくしにょらい)像も安置しています。なお勅封心経殿は60年に一度開扉(かいひ)されます。
  • 歴史:勅封心経殿は1925年(大正14年)に再建されました。
  • 様式:勅封心経殿は奈良・法隆寺(ほうりゅうじ)の国宝・夢殿(ゆめどの)を模した八角堂(はっかくどう)です。勅封心経殿は屋根が鋼板葺(こうはんぶき)・銅板葺です。

【嵯峨天皇心経写経1,150年を記念して建立された心経宝塔】

  • 概要:心経宝塔(しんぎょうほうとう)は紅葉シーズンに紅葉に彩られ、美しい光景が見られます。心経宝塔は多宝塔で、大沢池の畔に建立されています。心経宝塔は弘法大師像を安置しています。心経宝塔は基壇に如意宝珠(にょいほうじゅ)を納めた真珠の小塔があります。
  • 歴史:経宝塔は1967(昭和42年)に嵯峨天皇心経写経1,150年を記念して建立されました。

【蓮華光院(安井門跡)の御影堂を移築した安井堂】

  • 概要:安井堂(やすいどう)は御霊殿です。安井堂は第108代・後水尾天皇像を祀っています。安井堂は内陣の格天井鏡板に花鳥などが描かれ、内々陣の鏡天井に雲龍が描かれています。
  • 歴史:安井堂は1871年(明治4年)に蓮華光院(れんげこういん・安井門跡(やすいもんぜき))の御影堂を大覚寺に移築して建立されました。なお蓮華光院は明治維新後の神仏分離令(しんぶつぶんりれい)によって廃寺になり、安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)だけが残されました。

【日仏寺の本堂を移築した霊明殿】

  • 概要:霊明殿(れいめいでん)は縁板までを含めて総朱塗りです。霊明殿は阿弥陀如来(あみだにょらい)像を祀っています。
  • 歴史:霊明殿は1958年(昭和33年)に門跡・草繋全宜(くさなぎぜんぎ)が1928年(昭和3年)に第30代内閣総理大臣・斎藤実(さいとうまこと)が創建した東京中野区・日仏寺の本堂を移築して建立しました。

【明智光秀が築城した亀山城から移築した明智陣屋】

  • 概要:明智陣屋は宸殿の西にあります。明智陣屋は書院です。
  • 歴史:明智陣屋は江戸時代に明智光秀(あけちみつひで)の居城だった亀山城(かめやまじょう)の一部を明智門とともに移築して建てられました。
  • 様式:明智陣屋は屋根が切妻造の本瓦葺です。明智門は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【離宮・嵯峨院の鎮守社だった五社明神】

  • 概要:五社明神(ごしゃみょうじん)は大覚寺の鎮守です。五社明神は豊受大神(とようけのおおかみ)などを祀っています。
  • 歴史:五社明神は平安時代初期に弘法大師・空海が離宮・嵯峨院の鎮守社として勧請したとも言われています。

【三大名月鑑賞地に数えられた大沢池(名勝)】

  • 概要:圧巻の大沢池は奈良の猿沢池と滋賀の石山寺とともに三大名月鑑賞地とされています。大沢池には爪紅の古代蓮で、独自の品種である名古曾などのハスが分布しています。大沢池は池泉舟遊式庭園(林泉式庭園)です。大沢池は周囲約1キロの日本最古の人工の庭池と言われています。大沢池には天神島(てんじんじま)・菊ヶ島(きくがしま)・庭湖石(ていこせき)などがあります。また大沢池には桜・カエデなども植えられています。
  • 歴史:大沢池は814年(弘仁5年)頃に開基である第52代・嵯峨天皇が中国・洞庭湖(どうていこ)を模して築造したとも言われています。作庭者は絵師・巨勢金岡(こせのかなおか)とも、貴族で、画家だった百済河成(くだらのかわなり)とも言われています。
  • 三大名月鑑賞地:大沢池は奈良の猿沢池(さるさわのいけ)・滋賀の石山寺(いしやまでら)とともに三大名月鑑賞地とされています。
  • 豆知識:天神島・菊ヶ島・庭湖石の二島一石の配置はいけばな嵯峨御流(さがごりゅう)の基本型に通じています。いけばな嵯峨御流は第52代・嵯峨天皇を起源とします。第52代・嵯峨天皇は大沢池での舟遊びの際、菊ヶ島の野菊を瓶に挿して生け花を行い、「爾今、花を賞ずる者はこれを範とする」と言ったとされています。

【京都市内最古の庭園遺構である名古曽滝跡】

  • 概要:名古曽滝跡(なこそのたきあと)は大沢池とともに国の名勝に指定されています。名古曽滝は平安時代に離宮・嵯峨院の滝殿庭園内にありました。名古曽滝跡は京都市内に現存する最古の庭園の遺構と言われています。
  • 歴史:名古曽滝は「今昔物語(こんじゃくものがたり)平安時代末期成立」によると百済河成が作庭したと言われています。名古曽滝跡は1999年(平成11年)に復元が完了しました。

●上記以外は下記リンクから確認することができます。
大覚寺見どころ(紅葉と紅葉ライトアップ・桜など)

【大覚寺 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・大覚寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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