大覚寺安井堂・大覚寺見どころ(修学旅行)

大覚寺安井堂

●大覚寺安井堂は1871年(明治4年)に安井門跡(やすいもんぜき)蓮華光院(れんげこういん)の御影堂を移して建立されました。
安井門跡蓮華光院は鎌倉時代前期の1200年(正治2)に第77代・後白河天皇の第1皇女・亮子内親王(りょうしないしんのう)が弟・以仁王(もちひとおう)の第2王子・道尊(どうそん)を開基として御所・安井殿(太秦安井)に創建しました。道尊は1207年(承元元年)に仁和寺別当になり、安井門跡蓮華光院は仁和寺(にんなじ)の院家(いんげ)になったと言われています。その後第83代・土御門天皇の皇子・道円法親王(どうえんほうしんのう)が入寺して以来、門跡寺院になりました。戦国時代の1534年(天文3年)から大覚寺に属しました。江戸時代に荒廃し、江戸時代中期の1674年(延宝元年)頃に再興され、1695年(元禄8年)に応仁の乱で荒廃した光明院観勝寺(こうみょういんかんしょうじ)があった東山安井に移りました。明治維新後の神仏分離(廃仏毀釈)により、安井門跡蓮華光院が廃寺になり、安井門跡蓮華光院の鎮守が安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)になりました。
一般的に御影堂は寺院の開基(かいき)・開山(かいさん)や宗祖の像を安置した堂塔です。御影堂は奈良時代頃から開山の没後に敬慕の心を込めて建立されるようになりました。御影堂は祖師堂(そしどう)・開山堂などとも言われています。
●大覚寺安井堂は中央に鳳輦(ほうれん)に坐す僧形の第108代・後水尾天皇が祀られています。大覚寺安井堂は内陣の格天井鏡板(ごうてんじょうかがみいた)に花鳥などが描かれ、内々陣の折上鏡天井(おりあげかがみてんじょう)に雲龍が描かれています。
第108代・後水尾天皇は1596年(文禄5年)6月29日に第107代・後陽成天皇と女御・中和門院(ちゅうかもんいん・近衛前子(このえさきこ))の間に第3皇子として生まれ、1611年(慶長16年)3月27日に第107代・後陽成天皇から譲位されて第108代・後水尾天皇になりました。その後江戸幕府による公家衆法度・勅許紫衣法度(ちょっきょしえはっと)・禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)の制定や東福門院(とうふくもんいん・徳川和子(とくがわまさこ))の入内・およつ御寮人事件(およつごりょうにんじけん)・金杯事件などにより、後水尾天皇は1629年(寛永6年)11月8日に江戸幕府への通告しないまま第2皇女・興子内親王(第109代・明正天皇)に譲位し、第109代・明正天皇、第110代・後光明天皇、第111代・後西天皇、第112代・霊元天皇後見人として院政を行いました。また後水尾天皇は1653年(承応2年)から修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)の造営を開始し、1655年(承応4年)に完成しました。なお後水尾天皇は1680年(延宝8年)9月11日に85歳で崩御しました。
大覚寺見どころ

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