大将軍八神社方徳殿特別公開2026年11月(大将軍神像群)

大将軍八神社方徳殿特別公開(日程・アクセス・概要)
大将軍八神社方徳殿特別公開(日程時間など)を紹介しています。方徳殿特別公開は毎年秋に行われています。方徳殿特別公開では立体星曼荼羅(ほしまんだら)様に安置された80体の大将軍神像群(重要文化財)と陰陽道(おんみょうどう)安倍家(あべけ)の古天文暦道関係資料(京都府指定文化財)などが公開されます。(詳細下記参照)
【大将軍八神社方徳殿特別公開2025 日程時間(要確認)】
大将軍八神社方徳殿特別公開2025は2025年(令和7年)11月1日(土曜日)~5日(水曜日)10:00~16:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・大将軍八神社ホームページ
【大将軍八神社方徳殿特別公開 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市上京区一条通御前通西入3丁目西町55
最寄り駅・バス停・・・北野天満宮前(徒歩約5分)、北野白梅町(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から大将軍八神社は50系統(B2乗り場)、101系統(B2乗り場)
*四条河原町からは51系統
*四条烏丸からは55系統、101系統、203系統
*河原町丸太町からは10系統
路線・時刻表・運賃チェック
*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は北野白梅町駅(徒歩約7分)
【大将軍八神社方徳殿特別公開 歴史・簡単概要】
大将軍八神社方徳殿特別公開(ほうとくでんとくべつこうかい)は毎年秋(11月1日~11月5日)と春(5月1日~5月5日)に行われています。なお秋・春以外は予約制で、予約すると見学することができます。(要確認)
方徳殿特別公開では立体星曼荼羅(ほしまんだら)様に安置された80体の大将軍神像群(重要文化財)と陰陽道(おんみょうどう)安倍家(あべけ)の古天文暦道関係資料(京都府指定文化財)などが公開されます。
大将軍神像群は大将軍信仰が盛んだった平安時代中期から鎌倉時代(10世紀末~12世紀)に造られたとも言われています。大将軍神像群は全て男神像で、甲冑(かっちゅう)を着用した武装像50体・束帯像29体・童子像1体があります。大将軍神像群では腕や持物などが一部失われたものもあるが、これだけの数の神像がまとまって残されているのは珍しいと言われています。なお大将軍神像群は道教(どうきょう)寺院で祀られている60体の干支大将軍神像とは共通するものもあるそうです。
方徳殿(収蔵庫)は1972年(昭和47年)に神像79体が重要文化財に指定された際に建設されました。神饌所を取壊し、1974年(昭和49年)に上棟祭が行われ、翌1975年(昭和50年)に竣工しました。
大将軍信仰は古代中国で軍事を司る星神とされ、中国唐の時代に道教の星信仰の中で重視されました。日本では陰陽道に取り入れられて大将軍信仰になりました。
【大将軍八神社 歴史・簡単概要】
大将軍八神社は794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、桓武天皇の勅願により、大将軍神を奈良・春日山山麓から平安京大内裏の北西角の地に勧請したのが起源です。当初、陰陽道のお堂として、大将軍堂と称されました。平安時代中期から鎌倉時代に80体の大将軍神像群(重要文化財)が造られました。1178年(治承2年)に第80代・高倉天皇の中宮・建礼門院徳子の安産祈願の為に奉幣使が参向したと言われています。平安時代以降に王城鎮護の神として、朝廷や武士に篤く祟敬され、その後民間にも拡大しました。南北朝時代から約100年間、八坂神社の管理下にあったと言われています。室町時代中期に応仁の乱で荒廃し、その後村の氏神として信仰されるようになりました。江戸時代以降に京都西方守護で信仰されたり、方除厄除十二社参りの流行で参詣を集めたりしました。
*参考・・・大将軍八神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【大将軍八神社方徳殿特別公開 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
大将軍八神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報















