永観堂唐門(勅使門)・永観堂見どころ(修学旅行)

永観堂唐門(勅使門)

●永観堂唐門(勅使門)は江戸時代後期の1830年(天保元年)に建立されました。唐門は頭貫 (かしらぬき) ・肘木 (ひじき) ・ 虹梁 (こうりょう) などの先端が柱の外側に突出した木鼻(きばな)に架空の動物である獏(ばく)の意匠があり、雲龍(うんりゅう)・唐草(からくさ)などの彫刻が施されています。永観堂唐門(勅使門)は方丈(釈迦堂(しゃかどう))近くに建立され、かつて天皇の勅使が出入りしていました。永観堂唐門(勅使門)と方丈(釈迦堂)の間には盛り砂があり、勅使は盛り砂を踏んで身を清めて進んでいきました。なお永観堂唐門は現在住職が亡くなった時だけに使用されているそうです。住職(住持職・住持)は寺院を管掌する最高位の僧侶のことです。
一般的に唐門は切妻造(きりづまづくり)・入母屋造(いりもやづくり)の屋根に丸みをつけて造形した唐破風(からはふ)がついた門です。唐門は豪華な彫刻が施されたものは向唐門(むこうからもん)、唐破風が妻にある簡素なものは平唐門 (ひららもん)と言われています。唐門は平安時代後期に見られるようになり、桃山時代が隆盛期と言われています。
一般的に勅使門は天皇の使者・勅使が寺院に参向した際に出入りに使われる門です。ちなみに使者は上皇の場合に院使(いんし)、皇后の場合に皇后宮使(こうごうぐうし)、中宮の場合に中宮使(ちゅうぐうし)、皇太后の場合に皇太后宮使(こうたいごうぐうし)、女院の場合に女院使(にょいんし)と言われます。
●永観堂唐門(勅使門)は入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
永観堂見どころ

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