永観堂多宝塔・永観堂見どころ(修学旅行)

永観堂多宝塔

●永観堂多宝塔は1928年(昭和3年)に篤志家の寄付によって建立されました。永観堂多宝塔は東山三十六峰に数えられる標高約183メートルの若王子山(にゃくおうじやま)に建立され、境内の最も高い位置にあります。永観堂多宝塔からは京都の町並みを一望することができます。
一般的に多宝塔は日本で上層を円形、下層を方形とした二重塔を言います。多宝塔は平安時代に密教が天台宗(てんだいしゅう)の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)や真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)によって伝えられ、多宝塔も建立されるようになったとも言われています。鎌倉時代初頭に建立された滋賀県大津市の石山寺(いしやまでら)の多宝塔が現存最古の例です。多宝塔は元々東方の宝浄国(ほうじょうこく)の教主・多宝如来(たほうにょらい)を安置する堂塔です。多宝塔はお釈迦様が「法華経(ほけきょう)」を説いた際、空中に七宝の塔が現われ、塔中の多宝如来がお釈迦様に讚嘆して半座を空け、二如来が並座したと言われることに由来しています。
東山三十六峰は北側の比叡山から南側の稲荷山までの南北約12キロです。東山三十六峰は標高約848メートルの比叡山(ひえいざん)・標高約234メートルの御生山(みあれやま)・標高約196メートルの赤山(せきざん)・標高約340メートルの修学院山(しゅうがくいんやま)・標高約180メートルの葉山(はやま)・標高約272メートルの一乗寺山(いちじょうじやま)・標高約180メートルの茶山(ちゃやま)・標高約301メートルの瓜生山(うりゅうさん)・標高約128メートルの北白川山(きたしらかわやま)・標高約194メートルの月待山(つきまちやま)・標高約465メートルの如意ヶ岳(にょいがたけ)・標高約121メートルの吉田山(よしだやま)・標高約96メートルの紫雲山(しうんざん)・標高約266メートルの善気山(ぜんきざん)・標高約132メートルの椿ヶ峰(つばきがみね)・標高約183メートルの若王子山(にゃくおうじやま)・標高約197メートルの南禅寺山(なんぜんじやま)・標高約150メートルの大日山(だいにちやま)・標高約218メートルの神明山(しんめいやま)・標高約180メートルの粟田山(あわたやま)・標高約98メートルの円山(まるやま)・標高約140メートルの長楽寺山(ちょうらくじやま)・標高約72メートルの双林寺山(そうりんじやま)・標高約184メートルの東大谷山(ひがしおおたにやま)・標高約200メートルの高台寺山(こうだいじやま)・標高約176メートルの霊山(りょうぜん)・標高約84メートルの鳥辺山(とりべやま)・標高約242メートルの清水山(きよみずやま)・標高約202メートルの清閑寺山(せいかんじやま)・標高約196メートルの阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)・標高約185メートルの今熊野山(いまくまのやま)・標高約164メートルの泉山(せんざん)・標高約192メートルの恵日山(えにちさん)・標高約125メートルの光明峰(こうみょうほう)・標高約233メートルの稲荷山(いなりやま)から構成されています。
●永観堂多宝塔は屋根に九輪(くりん)と水煙(すいえん)が付けられています。
九輪は仏塔の屋根から天に向かって突き出た金属製の部分である相輪(そうりん)の一部で、九重になっていることから九輪と言われています。九輪は五智如来(ごちにょらい)・四菩薩(しぼさつ)を表しています。
水煙は九輪の上にある火炎状の装飾金具です。木造建築では火は火災(火事)に繋がることから嫌われ、水煙と言われています。また水難を抑える意味も込められています。水煙はお釈迦様が荼毘に付されたことに由来しています。
永観堂見どころ

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