カテゴリー:その他

  • 賀茂警固儀(かもけいごのぎ)・解陣の儀と葵祭

    葵祭ではかつて午の日に斎王御禊・御阿礼祭、申の日に賀茂警固儀・摂関賀茂詣、酉の日に宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀・還立の儀、戌の日に解陣の儀が行われていました。その後賀茂警固儀は申の日から未の日に行われるようになりました。
  • 岩上

    岩上(がんじょう)・神山(こうやま)・社頭の儀と葵祭

    葵祭の社頭の儀は下鴨神社と上賀茂神社で行われます。上賀茂神社では社頭の儀が御手洗川(ならの小川)を跨ぐように建立され橋殿(重要文化財)と岩上を舞台として行われ、勅使が橋殿、上賀茂神社の宮司が岩上に坐します。
  • 大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)と葵祭

    葵祭では流鏑馬が698年(文武天皇2年)以降に禁じられたり、京都の地元民のみに参加が制限されたりしたが、738年(天平10年)に乱闘しないことを条件に解禁されました。大伴坂上郎女は737年(天平9年)に葵祭を見物したと言われています。
  • 宮中の儀(きゅうちゅうのぎ)・清涼殿と葵祭

    葵祭ではかつて酉(とり)の日に宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀が行われていたが、現在は5月15日に路頭の儀・社頭の儀が行われています。(順延の可能性あり)宮中の儀は江戸時代末期までは御所・清涼殿で行われていました。
  • 葵橋

    葵橋(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)

    かつての葵橋は古くから出町と下鴨村を結び、鞍馬街道の入口になっていました。鞍馬街道は出雲路口から深泥池・檜峠・幡枝・市原を経由する東街道、清蔵口から千本大宮・上賀茂・朝露・柊野・原峠・市原を至る西街道がありました。
  • 流鏑馬神事(Yabusame-Shinji)

    流鏑馬(やぶさめ)・騎射(きしゃ)と葵祭

    現在の葵祭では時代行列である路頭の儀が大変人気だが、下鴨神社の流鏑馬も人気です。流鏑馬がいつ始まったかは明確ではないが、「続日本紀」698年(文武天皇2年)3月の条に記され、流鏑馬が飛鳥時代後期には既に行われていました。
  • 摂関賀茂詣(せっかんかももうで)・藤原氏と葵祭

    葵祭では路頭の儀が最大の見所で、見物に国内外の観光客が大勢訪れます。平安時代中期の葵祭では葵祭の前日に行われた関白または摂政が賀茂社(上賀茂神社・下鴨神社)に参詣した摂関賀茂詣も人気のイベントでした。
  • 賀茂競馬(Kamo-Kurabeuma)

    賀茂悪馬流・賀茂競馬(かもくらべうま)と葵祭

    上賀茂神社では1093年(寛治7年)から賀茂競馬を行っています。馬は上賀茂神社が有していた全国20か所の荘園から献上されました。馬は野生馬で、賀茂競馬の前に乗尻が「賀茂悪馬流」とも言われる独特の馬術・調教法で調教しました。
  • 斎王の還御・「今昔物語(こんじゃくものがたり)」と葵祭

    現在の葵祭では時代行列である路頭の儀がハイライトで、見物に国内外の観光客が大勢訪れます。平安時代中期の葵祭では葵祭の翌日に行われた斎王の還御が人気のイベントでした。斎王の還御は「今昔物語」に記されています。
  • 大善寺の歴史-修学旅行・観光の簡単解説

    大善寺の歴史を簡単にまとめています。大善寺は705年(慶雲2年)に藤原鎌足の長男・定慧が創建し、法雲寺と称したのが起源と言われています。平安時代前期に小野篁が1本の桜から6体の地蔵尊を自ら刻んだと言われています。
  • 鴨川

    鴨川(かもがわ・賀茂川)・禊(みそぎ)と葵祭

    鴨川(賀茂川)ではかつて葵祭に奉仕していた斎王(斎院)が禊(御禊)を行っていました。現在、鴨川の源流にひとつで、上賀茂神社・下鴨神社の境内を流れる小川で斎王代が禊を行っています。
  • 徳川家康(とくがわいえやす)・二葉葵と葵祭

    上賀茂神社の神紋は二葉葵、徳川将軍家の家紋は三つ葉葵だったこともあり、上賀茂神社・下鴨神社や葵祭は徳川将軍家とゆかりがあります。徳川家康は1600年(慶長5年)に賀茂社に参拝し、1610年(慶長15年)に二葉葵を献上させました。

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る