岩船寺五輪塔・十三重塔・岩船寺見どころ(修学旅行・観光)

岩船寺五輪塔・十三重塔

●岩船寺五輪塔・十三重塔は1952年(昭和27年)11月22日に国の重要文化財に指定されました。
●岩船寺五輪塔は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されたと言われています。五輪塔は寺伝によると奈良・東大寺(とうだいじ)別当・平智僧都の墓と伝えられています。五輪塔はかつて岩船村の北谷墓地に建立されていたが、1937年(昭和12年)頃に岩船寺に移され、厄除け地蔵堂の少し左側に建立されています。五輪塔は高さ約235センチの花崗岩(かこうがん)製です。五輪塔は地輪(じりん)下に返花座(かえりばなざ)がある大和式で、南山城(京都府南部)から大和地方の五輪塔に見られる特徴になっています。
東大寺は728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した皇太子・基皇子の菩提を追修する為に東大寺初代別当・良弁僧正ら9人の智行僧を住まわせた若草山の山房を起源とする金鍾山寺(金鍾寺)が起源と言われています。741年(天平13年)に国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられると翌742年(天平14年)に大和国分寺になりました。その後743年(天平15年)に聖武天皇が大仏造立の詔を発し、当初滋賀・紫香楽宮で大仏の造立が開始されたが、745年(天平17年)に都が平城京に戻ると東大寺で大仏の造立が開始され、752年(天平勝宝4年)に大仏開眼供養会が行われ、758年(天平宝字2年)に大仏殿が完成しました。
花崗岩は二酸化ケイ素が結晶してできた石英とアルカリ金属やアルカリ土類金属などのアルミノケイ酸塩を主成分とする長石を主成分とする粗粒な火成岩の一種です。花崗岩は黒雲母など有色鉱物が1割ほど含まれているが、全体的に白っぽく見えます。花崗岩は磨き上げると光沢が出て美しいくなり、御影石として石材に使われています。御影石は神戸市の御影が産地として有名であったことに由来しています。
●岩船寺十三重塔は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されたと言われています。十三重塔は寺伝によると1314年(正和3年)に妙空僧正が建立したと伝えられています。1943年(昭和18年)の積み直し修理の際、軸石(じくいし)のくぼみの中に水晶の五輪舎利塔(しゃりとう)が発見されました。十三重塔は阿字池(あじいけ)左側に建つ高さ約5.5メートルの花崗岩製です。十三重塔は壇上積(だんじょうづみ)の基壇(きだん)の上に建立され、初重から相輪まで大きさが整い、軒反り(のきぞり)も緩やかになっています。初重の塔身の四面に金剛界(こんごうかい)四仏の梵字(ぼんじ)が薬研彫り(やげんぼり)で刻まれています。東面にウン(阿しゅく如来(あしゅくにょらい))、南面にタラク(宝生如来(ほうしょうにょらい))、西面にキリク(阿弥陀如来(あみだにょらい))、北面にアク(不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい))が刻まれています。
一般的に十三重塔は仏教の祖・お釈迦さまの遺骨(仏舎利(ぶしゃり))を納める仏塔です。仏塔は紀元前3世紀頃から造られるようになったお釈迦さまの遺骨(仏舎利)を祀る饅頭形(半球形)のストゥーパが起源とも言われています。ストゥーパはインド(天竺(てんじく))から中国に伝えられると高層の楼閣建築形式になり、朝鮮半島から日本に伝わったと言われています。
阿しゅく如来は「オン・アキシュビヤ・ウン」、宝生如来は「オン・アラタンノウ サンバンバ・タラク」、阿弥陀如来は「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン」、不空成就如来は「オン・アボキャ・シツデイ・アク」が真言になります。
岩船寺

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