銀閣寺東求堂・銀閣寺見どころ

銀閣寺東求堂

●銀閣寺東求堂は1903年(明治36年)4月15日に国の重要文化財、1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定されました。
●銀閣寺東求堂は1485年(文明17年)に室町幕府第8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)の持仏堂(阿弥陀如来(あみだにょらい)を祀る阿弥陀堂)として建立されました。東求堂の名称は相国寺79世・横川景三(おうせんけいさん)が撰し、足利義政が選んだ中国禅宗の第六祖・慧能(えのう)の説法集「六祖壇経(ろくそだんぎょう)」の一節「東方の人、念仏して西方に生ずるを求む」に由来しています。東方の人は悟りに至らずに迷う人、西方は極楽浄土のことです。
阿弥陀如来は大乗仏教の如来のひとつで、西方の極楽浄土(ごくらくじょうど)の教主とされています。阿弥陀如来は弥陀仏(阿弥陀佛)・無量光仏(むりょうこうぶつ)・無量寿仏(むりょうじゅぶつ)とも言われています。阿弥陀如来は生あるものを全てを救う如来とされています。阿弥陀如来は紀元100年頃に編纂された大乗仏教の経典「無量寿経(むりょうじゅきょう)」によると世自在王仏(せじざいおうぶつ)のもとで出家して修行していた時、法蔵比丘(ほうぞうびく)という菩薩(法蔵菩薩( ほうぞうぼさつ))であったが、48の誓願(四十八願 (しじゅうはちがん))を立てて修行して仏になり、仏国土である極楽浄土(ごくらくじょうど)を設立して現在もそこで説法しているとされています。阿弥陀如来は飛鳥時代(7世紀前半)に日本に伝わり、平安時代中期以降に隆盛して阿弥陀如来像が造仏され、鎌倉時代に念仏によって極楽浄土に往生できるという阿弥陀信仰が盛んになり、法然上人(ほうねんしょうにん)を宗祖とする浄土宗(じょうどしゅう)・親鸞聖人(しんらんしょうにん)を宗祖とする浄土真宗(じょうどしんしゅう)・一遍上人(いっぺんしょうにん)を宗祖とするを時宗が成立しました。
極楽浄土は大乗仏教の如来のひとつで、西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来のいる世界です。極楽浄土は西方十万億土の彼方にあり、全く苦しみのない理想郷で、阿弥陀如来が今も法を説いているとされています。阿弥陀如来を信じ、ひたすら念仏を唱えると死後に極楽浄土に迎えられると言われています。極楽浄土の基礎となる浄土教は紀元前後に起こった大乗仏教とともに成立し、紀元100年頃に編纂された「無量寿経」・「阿弥陀経」とともにインドに広がり、2世紀後半に中国に伝わり、飛鳥時代(7世紀前半)に日本に伝わり、阿弥陀如来像が盛ん造られるようになりました。
一般的に持仏堂は日常的に礼拝する念持仏や位牌を安置する堂です。念持仏は個人が日常身に付けたり、身辺に置いたりして拝む仏像です。念持仏は小型の場合が多く、単に持仏とも、内仏(うちぼとけ)とも言われています。なお法隆寺(ほうりゅうじ)の橘夫人(第45代天皇・聖武天皇の光明皇后の母)念持仏が日本最古と言われています。
銀閣寺見どころ

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