御香宮神社火焚祭2019/11/15(日程・時間・・・)

御香宮神社

御香宮神社火焚祭

御香宮神社火焚祭(日程・時間・・・)を紹介しています。火焚祭は毎年11月15日に行われます。火焚祭では先ず拝殿の南面両側にこの秋に収穫された稲藁を立て、忌火(いみび)を点火し、五穀の豊穣と火を生業にする諸産業の繁栄を祈願します。その後氏子などの願い事を託した火焚串(ひたきぐし)数千本を焚き上げ、祈願成就を願います。(詳細下記参照)

【御香宮神社火焚祭2019 日程時間(要確認)】
御香宮神社火焚祭2019は2019年(令和元年)11月15日(金曜日)16:00から行われます。(現在確認中・要注意)

【御香宮神社火焚祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市伏見区御香宮門前町174
最寄り駅・バス停・・・桃山駅(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から御香宮神社はJR奈良線

*京阪電車本線の場合、最寄り駅は伏見桃山駅(徒歩約10分)
*近鉄京都線の場合、最寄り駅は桃山御陵前駅(徒歩約5分)

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【御香宮神社火焚祭 歴史・簡単概要】
御香宮神社火焚祭(ひたきさい)は室町時代から行われている行事です。火焚祭では秋の収穫・五穀豊穣などに感謝します。
火焚祭では先ず本殿で神事が行われ、次に拝殿の南面両側にこの秋に収穫された稲藁を立て、ご神火・忌火(いみび)を点火し、五穀の豊穣と火を生業にする諸産業の繁栄を祈願します。その後氏子などの願いが書かれた火焚串(ひたきぐし)を焚き上げ、祈願成就を願います。焚き上げ中には神職によって大祓詞(おおはらえことば)が唱えられ、罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)・万福招来(まんぷくしょうらい)が祈願されます。
火焚祭は宮中で古くから行われている新嘗祭(にいなめさい)が起源とも言われています。新嘗祭では11月23日に天皇が五穀の新穀を全ての神々である天神地祇(てんじんちぎ)に供え、自らも食して収穫に感謝しました。新嘗祭は宮中三殿の近くの神嘉殿で行われていたそうです。新嘗祭は室町時代に民間にも広まり、竃(かまど)の神の祭り・火の神の祭りへと転化していたそうです。
大祓詞は奈良時代から祭祀の際に使われている祝詞(のりと)で、中臣祓詞(なかとみのはらえことば)・中臣祭文(なかとみさいもん)・中臣の祓(なかとみのはらえ)とも言いています。中臣氏(藤原氏)が奈良時代に朱雀門で奏上していたそうです。

【御香宮神社 歴史・簡単概要】
御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)は起源が明確ではありません。御香宮神社は当初御諸神社(みもろじんじゃ)と称していたと言われています。御香宮神社は862年(貞観4年)9月9日に境内の椎の木の根元から香のよい香水が湧いたことから第56代・清和天皇から「御香宮」の名称を賜り、その後平安時代後期から鎌倉時代に掛けて天皇がしばしば社殿を造営したとも言われています。2度目の元寇である1281年(弘安4年)の弘安の役では第91代・後宇多天皇が討平祈願を行ったと言われています。応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、関白・豊臣秀吉が伏見城を築城した際、鬼門除けの神として城内に移されました。しかし秀吉死後の1605年(慶長10年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が元の場所に戻して社殿を造営し、水戸藩初代藩主・徳川頼房が表門に伏見城の大手門が移したと言われています。江戸時代初期に江戸幕府2代将軍・徳川秀忠が娘・千姫の誕生祝に千姫神輿を奉納しました。
*参考・・・御香宮神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ御香宮神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【御香宮神社火焚祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
御香宮神社(アクセス・見どころ・・・)情報
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