護王神社のパワースポット・ご利益解説|厄除け・子供守護

護王神社のパワースポット・ご利益解説
護王神社のパワースポット・ご利益を解説します。護王神社には本殿・足萎難儀回復の碑・かりんの木・幸運の霊猪・座立亥串などのパワースポットがあります。幸運の霊猪は鼻を擦ると幸せになれるご利益があると言われています。護王神社は本殿に和気清麻呂・和気広虫を祀り、厄除け・子供守護のご利益があると言われています。(個別解説下記参照)
【護王神社の歴史・簡単概要】
護王神社は第50代・桓武天皇に平安京遷都を進言した和気清麻呂を祀った神護寺山内の霊社・護王善神堂が起源です。神護寺は824年(天長元年)に和気清麻呂の五男・真綱と六男・仲世の要請により、いずれも和気氏の私寺であった神願寺と高雄山寺が合寺したのが起源です。1851年(嘉永4年)に第121代・孝明天皇は和気清麻呂に神階・神号「正一位護王大明神」を授け、1874年(明治7年)に護王善神堂を護王神社に改め、別格官幣社に列せられました。1886年(明治19年)に第122代・明治天皇の勅命により、京都御苑蛤御門付近の中院家の邸宅跡に移されました。その後和気清麻呂の姉・和気広虫も祭神に合祀されました。
【護王神社のご利益解説】
護王神社は和気清麻呂(わけのきよまろ)と姉・和気広虫(わけのひろむし)を祀り、厄除け・子供守護のご利益があると言われています。和気清麻呂は孝謙上皇(第46代・孝謙天皇(こうけんてんのう))が寵愛する僧・弓削道鏡(ゆげのどうきょう)が皇位に就こうと画策した宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)の際、偽託であることを報告し、身を賭して弓削道鏡の野望を挫き、国を守ったことから諸々の災厄を祓い除くご利益があると言われています。また和気広虫は慈悲深く、戦乱で身寄りを亡くした孤児を養育し、養子にしたことから子育て明神とも言われ、子育て・育児のご利益があると言われています。
●和気清麻呂は備前岡山の豪族だったが、孝謙天皇の近侍をしていた姉・和気広虫の引きによって都に上洛し、孝謙天皇に重用されました。その後宇佐八幡宮神託事件により、鹿児島(大隅)に流されたが、第49代・光仁天皇(こうにんてんのう)によって都に呼び戻され、平安京遷都に尽力し、799年(延暦18年)に亡くなりました。
【足萎難儀回復の碑(あしなえなんぎかいふくのひ)のご利益解説】
足萎難儀回復の碑は足形の上に乗ったり、碑を擦ったりすると足腰の病気平癒・足腰の健康・健脚にご利益があると言われています。和気清麻呂が弓削道鏡の刺客に襲われた際、突如現れた300頭の猪(いのしし)によって救われるだけでなく、足萎えも治ったと言われています。ちなみに霊猪の手水舎の猪の鼻を触ると足腰が良くなるとも言われています。なお護王神社は足腰の守護神として崇敬されています。
【かりんの木(かりんのき)のご利益解説】
かりんの木にはぜんそく封じのご利益があると言われています。かりんの木は樹齢100年を超える樹高約14メートル・幹周り約1.5メートルで、京都市巨木・名木百選に選ばれています。なお護王神社ではかりんの木を御神木とし、その実を使ったかりん酒が御神酒とされています。
【幸運の霊猪(こううんのれいちょ)のご利益解説】
幸運の霊猪は鼻を擦ると幸せになれるご利益があると言われています。また護王神社に再び来ることができるとも言われています。護王神社では1890年(明治23年)から猪が和気清麻呂を救ったことから狛犬の代わりに狛猪(霊猪像)が置かれ、護王神社はいのしし神社と言われるようになりました。なお護王神社には参拝者が奉納した猪の縫いぐるみ・木彫りなどが置かれ、城所ケイジがチェーンソーで彫った飛翔親子猪像も置かれています。
●和気清麻呂と猪を描いた10円紙幣(日本銀行券)がかつて発行され、10円紙幣は「いのしし」とも言われていたそうです。
●護王神社では例年4月4日に護王大祭が行われ、宇佐神託奏上ノ儀では行列の参加者が猪の陣羽織を着ることから猪行列とも言われています。また例年11月1日に亥子祭が行われ、平安時代に亥の月の亥の日の亥の刻に天皇が自ら餅をつき、臣下とともに食して無病息災を祈願した宮中行事・御玄猪(おげんちょ)が再現されます。
【座立亥串(くらたていぐし)のご利益解説】
座立亥串には願い事が叶うご利益があると言われています。座立亥串は社務所で授かり、四手と猪の折り紙が付いた竹串1本に自分の名前と願い事を書いた紙札を挟み、ご神木・招魂木(おがたまのき)の根元の座立猪の前に刺します。もう1本の竹串は自宅に持ち帰り、家の神棚手玄関上に上げます。
【護王神社のパワースポット・ご利益 備考】
護王神社基本情報

















