白山神社本殿・白山神社見どころ(修学旅行・観光)

白山神社本殿

●白山神社本殿は1953年(昭和28年)3月31日に国の重要文化財に指定されました。
●白山神社本殿は室町時代中期の1442年(嘉吉2年)頃に再建されました。白山神社は749年(天平勝宝元年)に歌人・柿本人麻呂が岩船寺の守護神(鎮守社)として創建し、その後行基菩薩が遷宮したと言われています。
柿本人麻呂は660年(斉明天皇6年)頃に柿本大庭の子として生まれたとも言われています。第41代・持統天皇の時代(690年(持統天皇4年)~697年(持統天皇11年))や第42代・文武天皇の時代(697年(文武天皇元年)~707年(慶雲4年))に官位が低い下級官吏として仕え、官命で地方官になったと言われています。「石見相聞歌」に「石見のや 高角山の 木の間より わが振る袖を 妹見つらむか」があり、石見国での臨死歌と言われる「鴨山の 岩根しまける 我をかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむ」が残されています。また柿本人麻呂はその歌才から宮廷歌人として活躍し、日本最古の和歌集「万葉集」第一の歌人と言われ、長歌19首・短歌75首(諸説あり)が掲載されています。小倉百人一首には「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む」が選ばれています。柿本人麻呂は長歌・短歌いずれにも秀で、その雄渾にして枕詞・対句・比喩などの修辞を尽くした作風が日本詩歌史に独歩する存在と言われています。なお柿本人麻呂は724年(神亀元年)に石見国(島根県益田市)で亡くなったとも言われています。
行基菩薩は668年(天智天皇7年)に高志才智と蜂田古爾比売の子として生まれましたと言われています。682年(天武11年)に大官大寺(大安寺)で出家し、691年(持統天皇5年)に高宮寺の徳光禅師を戒師として受戒しました。飛鳥寺(法興寺)・薬師寺で法相宗初伝の道昭や法相宗の祖・義淵らに法相宗を学びました。704年(大宝4年)に生家を家原寺に改め、705年(慶雲2年)に母親とともに大和の佐紀堂に移り、707年(慶雲4年)に母親とともに生駒山の草野仙房に母親に移り、母親が亡くなると3年間喪に服しました。740年(天平12年)に第45代・聖武天皇から依頼されて大仏造立に協力し、743年(天平15年)に大仏造立の勧進に起用されました。しかし大仏造立中の749年(天平21年)に菅原寺(喜光寺)で81歳でなくなりました。なお行基は738年(天平10年)に朝廷から行基大徳の称号が授与され、745年(天平17年)に日本初の大僧正位を授与されました。
●白山神社本殿は一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
春日造は仏教建築の影響を受け、奈良時代中期に現れたとも言われています。春日造は奈良市の円成寺(えんじょうじ)の春日堂(国宝)・白山堂(国宝)が最古の例になります。ちなみに春日堂・白山堂は鎌倉時代の1228年(安貞2年)に春日大社の本殿を移築したものと言われています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
白山神社

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