平安神宮・真如堂桜散策コース(金戒光明寺・哲学の道・・・)

平安神宮(Heian Jingu Shrine)

平安神宮・真如堂桜散策コース

平安神宮・真如堂桜散策コースは紅枝垂桜の名所である平安神宮と真如堂周辺の桜名所を散策するコースです。
平安神宮では紅枝垂桜が作家・谷崎潤一郎作の小説「細雪」の中で、「紅の雲のよう」と讃えられました。真如堂には江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母・春日局がお手植えしたとも言われる縦皮桜があります。平安神宮・真如堂桜散策コース周辺には熊野神社・聖護院・岡崎神社・金戒光明寺・岡崎疏水・哲学の道などもあり、チャンスがあれば立ち寄りましょう。

【平安神宮・真如堂桜散策コース】

【桜の見頃(例年)】
●2025年3月17日、ウェザーマップは桜の開花・満開が平年並で、京都で3月26日に開花、4月2日に満開になると予想しました。(順次情報更新中)
平安神宮・・・4月上旬頃
熊野神社・・・3月下旬~4月上旬頃
聖護院・・・3月下旬~4月上旬頃
岡崎神社・・・4月上旬頃
金戒光明寺・・・4月上旬頃
真如堂・・・4月上旬頃
岡崎疏水・・・4月上旬頃
哲学の道・・・4月上旬頃
京都桜見ごろ2025(清水寺・哲学の道・原谷苑・・・)

【平安神宮(へいあんじんぐう) 概要】

平安神宮では紅枝垂桜・染井吉野など約300本の桜の木が分布し、平安の苑の紅枝垂桜や栖鳳池に映る紅枝垂桜などが見どころです。観桜茶会・紅しだれコンサート(ライトアップ)を行うことがあります。平安神宮は1895年(明治28年)に平安京遷都1,100年を記念して行われた内国勧業博覧会の目玉として、平安京遷都当時の宮城である大内裏の一部を復元し、桓武天皇を祀る神社として創建されました。平安京大内裏があった千本丸太町に計画されたが、用地買収に失敗し、現在の場所に実物の8分の5の規模で復元されました。1895年(明治28年)10月に平安神宮の創建と平安遷都1,100年祭を盛大に奉祝する為に時代祭が始まり、1940年(昭和15年)に孝明天皇が祭神に加えられました。
平安神宮桜見ごろ平安神宮紅しだれコンサート

【熊野神社(くまのじんじゃ) 概要】

熊野神社では染井吉野が分布し、桜と本殿・境内を囲む玉垣などが見どころです。丸太町通・東大路通からも楽しむことができます。熊野神社は811年(弘仁2年)に修験道の始祖・役行者の十世僧・日円上人が紀州・熊野権現(熊野大神)を勧請したのが起源とも言われています。1090年(寛治4年)に白河上皇の勅願によって聖護院が創建されると聖護院の守護神になりました。1396年(応永3年)に足利義満から広大な社地を寄進されたが、応仁の乱で社殿が焼失しました。1666年(寛文6年)に聖護院宮道寛法親王が再興し、1835年(天保6年)に大修造が行われました。
熊野神社桜見ごろ

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【聖護院(しょうごいん) 概要】

聖護院では山門脇に枝垂桜が分布し、枝垂桜と山門などが見どころです。聖護院は1090年(寛治4年)に白河上皇が熊野三山を参詣する熊野御幸の際、先達を務めた増誉大僧正が寺院を賜り、聖体護持の二字から聖護院としたのが起源と言われています。その後後白河天皇の皇子・静恵法親王が入寺して門跡寺院になりました。しかし応仁の乱で焼失し、洛北岩倉に移ったが、再び火災に見舞われて烏丸今出川に移りました。1675年(延宝3年)に延宝の大火でも焼失し、1676年(延宝4年)に現在の旧地に戻りました。
聖護院桜見ごろ

【岡崎神社(おかざきじんじゃ) 概要】

岡崎神社では参道脇や本殿石段前に紅枝垂桜が分布し、、桜と本殿・狛うさぎなどが見どころです。岡崎神社は794年(延暦13年)の平安京遷都の際、王城鎮護の為に平安京の四方に創建されました。当初、平安京の東に位置し、東天王と言われていました。869年(貞観11年)に清和天皇が社殿を再建し、播磨広峰から素戔嗚尊などを勧請し、東光寺の鎮守社になったとも言われています。1178年(治承2年)に平清盛の娘で、高倉天皇の中宮、安徳天皇の生母・平徳子のお産の奉幣を賜ったことから安産の神として信仰されるようになりました。1319年(元応元年)に後醍醐天皇が再建し、神階・正一位を賜りました。
岡崎神社桜見ごろ

【金戒光明寺(こんかいこうみょうじ) 概要】

金戒光明寺では染井吉野・枝垂桜など約100本の桜の木が分布し、高さ約23メートルの山門前の染井吉野や会津藩の墓地がある極楽橋・蓮池などが見どころです。金戒光明寺は1175年(承安5年)に法然上人が比叡山黒谷を下り、草庵を結んだのが起源と言われています。その後法然上人が弟子・法蓮房信空に与えたと言われています。鎌倉時代に素月房恵顗が伽藍を整備し、紫雲山光明寺と号し、南北朝時代に我観房運空が北朝第4代・後光厳天皇に戒を授けたことから金戒の二字を賜り、金戒光明寺と言うようになりました。1428年(正長元年)に後小松天皇から勅願「浄土真宗最初門」を賜りました。
金戒光明寺桜見ごろ

【真如堂(しんにょどう) 概要】

真如堂では縦皮桜・染井吉野・山桜など約70本の桜の木が分布し、本堂横の縦皮桜・三重塔横の枝垂桜などが見どころです。真如堂は984年(永観2年)に戒算上人が夢告により、比叡山・常行堂の本尊・阿弥陀如来を円融天皇の女御で、一条天皇の生母・藤原詮子の女院離宮があった場所に安置したのが起源と言われています。真如堂は一条天皇の勅願寺となり、不断念仏の道場として、法然上人・親鸞聖人などの念仏行者や民衆から信仰されました。応仁の乱や度重なる火災で焼失し、足利将軍家や関白・豊臣秀吉の命によって移ったりしたが、1693年(元禄6年)に東山天皇の勅により、現在の場所に再建されました。
真如堂桜見ごろ

【岡崎疏水(おかざきそすい) 概要】

岡崎疏水では染井吉野など約400本の桜の木が分布し、桜と疏水・疏水を運航する十石舟などが見どころです。十石舟めぐりを行うことがあります。岡崎疏水は琵琶湖取水口から宇治川までを結ぶ長さ約20キロの琵琶湖疏水(第1琵琶湖疏水)の一部です。岡崎疏水は南禅寺舟溜(琵琶湖疏水記念館前)から夷川ダムまでの約1.5キロを言います。岡崎疏水には琵琶湖疏水の高低差による水圧だけで噴き上がる噴水があります。なお琵琶湖疏水は京都近代化政策の一環として計画され、1885年(明治18年)に着工し、1894年(明治27年)に完成しました。
岡崎疏水桜見ごろ岡崎疏水十石舟めぐり

【哲学の道(てつがくのみち) 概要】

哲学の道では染井吉野・山桜など約430本の桜の木が植えられ、桜と「日本の道100選」に選ばれた小道・琵琶湖疏水分線などが見どころです。哲学の道は琵琶湖疏水分線沿いの長さ約1.8キロの小道です。琵琶湖疏水は京都近代化政策の一環として計画され、1890年(明治23年)に琵琶湖疏水分線が完成し、その管理用道路が哲学の道の起源です。明治時代に文人が多く住んで「文人の道」と言われるようになり、その後哲学者らが散策するようになって「哲学の小径」・「散策の道」などと言われるようになりました。1972年(昭和47年)から保存運動が始まり、「哲学の道」と言われるようになりました。
哲学の道桜見ごろ

【平安神宮・真如堂桜散策コース 備考】
散策コースではグーグルマップを使用して、スポットを紹介しています。
京都桜ライトアップ2025(清水寺・円山公園・東寺・・・)

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