平岡八幡宮紅葉見ごろ2021遅め(11月下旬頃)

平岡八幡宮紅葉

平岡八幡宮紅葉見ごろ(例年)・見どころ

平岡八幡宮紅葉見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。平岡八幡宮には参道や舞殿周辺などにタカオカエデ(高尾楓)・イチョウなどが分布し、紅葉と参道・拝殿などの光景が美しいと言われています。なお平岡八幡宮では例年9月上旬頃から12月上旬頃に花の天井特別拝観、例年11月下旬頃にお火焚祭が行われています。(要確認)(詳細下記参照)

【平岡八幡宮 紅葉見ごろ(例年)・2021年の予想】
平岡八幡宮の紅葉見ごろは例年11月下旬頃です。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の紅葉見ごろ情報は2021年9月上旬頃から情報発信します。
京都紅葉見ごろ2021

【平岡八幡宮紅葉見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区梅ヶ畑宮ノ口町23番地
最寄り駅・バス停・・・平岡八幡前(徒歩約3分)

JRアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅・四条大宮からは高雄京北線 栂ノ尾・周山行き
西日本JRバス・アクセスダイヤ

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【平岡八幡宮 紅葉見ごろ(例年)・簡単解説】
平岡八幡宮はあまり知られていない紅葉の名所です。平岡八幡宮の紅葉見ごろは例年11月下旬頃です。
平岡八幡宮には参道や舞殿周辺などにタカオカエデ(高尾楓)・イチョウなどが分布し、紅葉と参道・拝殿などの光景が美しいと言われています。なお平岡八幡宮では例年9月上旬頃から12月上旬頃に花の天井特別拝観、例年11月下旬頃にお火焚祭が行われています。(要確認)
タカオカエデ(タカオモミジ)はイロハカエデ(イロハモミジ)の別称です。イロハカエデはムクロジ科カエデ属の落葉高木です。イロハカエデは日本などの東アジアに自生し、本州以南の平地から標高1,000メートルの山地などに分布しています。イロハカエデは秋に黄褐色から紅色に紅葉して落葉します。
一般的に舞殿は舞楽(ぶがく)を行う舞台である社殿です。舞殿は神楽殿(かぐらでん)・神楽堂(かぐらどう)とも言われています。舞楽は雅楽(ががく)の一種で、唐楽(とうがく)・高麗楽(こまがく)を伴奏とする舞踊です。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期に庶民の行楽として人気になったと言われています。なお奈良時代末期成立の日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。
花の天井特別拝観では1827年(文政10年)に本殿の内陣天井に画工・綾戸鐘次郎藤原之信が極彩色で描いた44種の花の絵(花卉図)が公開されます。
お火焚祭(おひたきさい)では先ず神事が行われ、その後奉納された祈祷木(護摩木)・絵馬などを焚き上げます。

【平岡八幡宮 歴史・簡単概要】
平岡八幡宮(ひらおかはちまんぐう)は平安時代前期の809年(大同4年)に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が神護寺(じんごじ・高雄山寺(たかおさんじ))の鎮守社として大分・宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)から勧請し、自ら描いた僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)像をご神体に祀ったのが起源とも言われています。平岡八幡宮は山城国最古の八幡宮です。弘法大師・空海は812年(弘仁3年)に神護寺(高雄山寺)に住し、密教の重要な儀式である灌頂(かんじょう)を行ったと言われています。平安時代末期に一時廃絶したが、鎌倉時代初期の1190年(建久元年)に真言宗の僧・文覚上人(もんがくしょうにん・遠藤盛遠(えんどうもりとお))が再興し、その後文覚上人の高弟・浄覚(じょうかく・上覚)が現在の場所に移したとも言われています。1407年(応永14年)に焼失して荒廃し、室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が再建しました。足利義満の奥方が女官とともに紅葉狩りした際に荒廃した姿に心を痛めたとも言われています。江戸時代後期の1826年(文政9年)に現在の社殿が修復されました。なお平岡八幡宮は誉田別命(ほむたわけのみこと・応神天皇(おうじんてんのう))を祀っています。
*参考・・・平岡八幡宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【平岡八幡宮紅葉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
平岡八幡宮(アクセス・見どころ・・・)情報

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